ゼファーがやってきてレプリカ時代は終わった
ゼファーがやってきて世の中を変えた
…果たしてそうだろうか。

80年代後半に起きた大転換、「ネイキッドブーム」は果たしてブームだったのか。
その後20年ほどは続くネイキッドを中心とした日本バイク界と照らして考える。

あれは何だったのか

ネイキッドブームなるものが、ゼファーを引き金に起きた。
レプリカブームが過熱しすぎて、それに対するアンチテーゼとして伝統的なスタイルと大人しめなパワーを持ったゼファーが人気を博した。「ネイキッドブーム」なるものが語られるときは、おしなべてこういった論調だ。

大まかにはそうなのかもしれない。
WGPが盛り上がり各社がしのぎを削っていたあの時代、それらのレーシングマシンをまさに「レプリカ」化して市販車として投入し、その技術、速さが日進月歩で前進していく様に業界全体が大変盛り上がった。

そしてバイクに乗る人の多くはレースに憧れ、サーキットを走るかもしくはワインディングを攻めることに明け暮れた時代…しかしそんな熱に浮かれた時代はいずれ過ぎ去るのは当然の話で、ゼファーが一つの引き金になったというのもわかる話だ。

しかしそれだけではないのじゃないか。もう少し何かあったのかもしれない。そんなことを考えてみた。

時系列を整理しよう。

ネイキッドブームの前に、そもそもレプリカブームとは何だったのだろう。
先陣を切ったのはスズキだ。1983年、ヤマハはまだRZR、ホンダはV型3気筒のMVXとスポーツモデルを模索しているときに、アルミフレームでカウルの着いたパラツインのRG250Γをデビューさせた。
1984年にカワサキはタンデムツインのKR250を、ホンダはNS250Rを投入したが、スズキは同年に今度は400cc市場をGSX-Rで沸かせたのだった。

これらスポーツモデルは今見ても個性豊かで、絶版車的視線で見るととても面白くコレクションしたくなるモデルたちだ。
しかし本格的な「レーサーレプリカ」と呼ばれるのは1985年のTZR250以降だろう。レーサーと同時開発、などという謳い文句が使われるようになり、TZRを追うようにホンダは1986年末にNSR250Rを投入した。

TZR250

そして1988年、ホンダのNSRは一気にトップに躍り出るモデルチェンジを果たし、パラツインを貫いてきたRGもV型エンジンへとチェンジしRGVへと進化。同年にカワサキもタンデムツインからパラツインへと生まれ変わったKR-1となった。

1988年が初めて各社レプリカが横一列に並び、性能も拮抗した年だろう。
さらに言えば1990年ごろには各社ともに前後17インチホイールになり、足回りは今でも十分通用するレベルにまで引き上げられたためここでもまた横一列に並んだといえる。
この頃にTZRでこのムーブメントに火をつけたヤマハがV型エンジンになったのもトピックだが、一方でカワサキはKR-1をモデルチェンジさせることはなかった。

こう考えると(異論はあるだろうが)レプリカブームは1988年が一つの軸であり、一つの頂でもあった。

NSR250 1988年モデル

ゼファーがレプリカを駆逐したのではなく
レプリカがむしろ突発的だったのでは?

Zephyer400 ※画像は1993年モデル

ゼファーは89年のデビュー、レプリカ群が横一列になった翌年なのである。
さらに言えばホンダのCB-1もスズキのバンディット400も89年に登場している。ということは、レプリカブームというものがそもそもそんなにじっくりと長続きしたものではないのではないか、という気もしてくる。

80年代初頭に各社がそれぞれエンジン形式も様々にチャレンジを繰り返し、WGPでも熱戦が繰り広げられていたのは確かにアツかった。
モデルチェンジするたびにあからさまに性能向上するのも興奮したことだろうし、バブル経済に支えられて多くの人がこの熱気に飛びついたのは確かだ。

しかし88年ごろに横並びになったというのは、技術の進歩が一つの壁を迎えたということでもあろう。
レプリカに置き換わってスタンダードとなった「ネイキッド」はストリートファイターなるニュージャンルが登場するまで20年近くは一線にいたことを思えば、レプリカブームはゼファーに消し去られたというよりは、むしろレプリカブームが突発的なものでしかなかったのではないか、と思えてはこないだろうか。

「速さに疲れた」は本当か

レプリカブームからゼファーを期にネイキッドブームへと移行した理由は、「レプリカの速さに疲れた」と言われることもある。

確かにレプリカたちはとても速かった。
サーキットでもタイムが出しやすく、タイムというわかりやすい尺度で「速さ」を体現していた。

しかし初期型のゼファーは確かにのんびりしてはいたものの、その後のネイキッドブームはちゃんと速さを追求していったというのもまた興味深い。
CB-1やバンディットは最初から速かったが、その後各社から登場したネイキッドにも「バージョンR」などスポーティさを押し出したモデルも少なくなかったし、NKレースも盛り上がった。

結局ライダーは「速さ」が好きというのは動かしようのない事実であり、ネイキッドブームが「速さに疲れた」というだけで生まれたものではなかったようにも思える。

「のんびり走っていいバイク」の「脱オジサン化」

レプリカブームのさなかでも遅い、もといノンビリしたバイク、あるいは絶対性能は高くないがスポーティなバイクは存在した。

例えばシングルやツインのテイスティ系モデルやクルーザー系、あるいは当時は実用車的なモデルもまだまだあった。
しかしこれらモデルはちょっとマニアックであったり、あるいはオジサンくさいというか、イケてる若者が乗るにはハードルが高かったような部分があったのではないか。

その点、ゼファーは普遍的なオートバイの形をしていて、年齢層にかかわらず誰が乗っても不自然ではない「普通さ」があった。
レプリカブームのさなか、「速さに疲れてしまった」人も確かにいただろう。しかしそもそも「速く走らなければいけない」というような強迫観念がイヤだったという人もたくさんいたのではないか。

かといってシングルやツインでエンスーぶるのもイヤだし、クルーザーや実用車では物足りない。
シャカリキに飛ばさなくてもいい。のんびり走ってもいい。でもオジサンくさいのはイヤ。

「なにか普通のバイクが欲しいだけなんです」という層に刺さったのがゼファーをはじめとするネイキッド群というニュージャンルだった、というのはその後のブームが証明している。

CB-1でもバンディットでもなかった
なぜ引き金はゼファーだったのか

ゼファーがネイキッドブームを引き起こしたといわれ、CB-1もバンディットも同時期にデビューしたのにソッチが語られることは少ないのはなぜか。

それは後者2台には「やんちゃさ」が無かったからではないかと思う。
ゼファーは良くも悪くも「ちょい悪」な雰囲気があったのだろう。そして多くのライダーはこの「ちょい悪」がどうやら好きなのは歴史が証明するところ。
昨今のネオレトロブームの中でも圧倒的にZ900RSが人気を博しているのも、こういったイメージと無縁とは思えない。

何にでも使える、無理のない普通のバイクという意味ではCB-1とバンディットも優秀だったはずなのに、この「ちょい悪」要素の欠如がゼファーとの人気の差、そして後世に語られる熱量の差となったように思う。

レプリカの熱狂から通常運転に

「ネイキッドブーム」は、一時的な熱狂だったレプリカブームからの「通常化」というのが実情だろう。
ネイキッドブーム自体が「ブーム」というよりは、レプリカ熱狂から通常運転に戻りたがっていた市場に対して、タイミング良く提供された「普通のバイク」がネイキッドだったのだ。

無理せず普通の、しかもカッコいいバイクに乗りたいと思っていた人たちが実は多数いて、その中でも「バイク乗りたるものちょい悪アウトロー感がイイよね」と思っていた人が多くいたため、ゼファーがその象徴として語られることが多いのだろう。

400㏄クラスがイメージリーダーではあるだろうが、ネイキッドブームは250㏄クラスにも波及したし、リッターオーバーのネイキッドも大人気となり、その後長く市場の中心に位置してきた。

そして興味深いのは結局ネイキッドも高性能化したことだ。
ゼファーとXJR以外は水冷エンジンを搭載し、ゼファーも後には4バルブ化したしZRXという水冷車も投入された。

結局ライダーは「速さが好き」なのは先述した通りだが、レプリカのようにタイムを基準とした究極の速さではなく、求められるのは日常の延長線上にある、情緒的な速さなのかもしれない。

時代は繰り返す。
究極の速さを追求するスーパースポーツの盛り上がりは衰退し、代わりに快適なアドベンチャーモデルが台頭した。

アドベンチャーモデルが超高性能化し同時に高価格化し、代わりにオシャレで気軽なネオレトロが台頭した。

「ちょうどいい速さ」を追求するのは、バイク業界の永遠のテーマだと筆者は考えている。

筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最王手「ミスターバイクBG」編集部員を経たフリーランスジャーナリスト。現在も絶版車に接する機会は多く、現代の目で旧車の魅力を発信する。青春は90~00年代でビッグネイキッドブームど真ん中。そんな懐かしさを満たすバンディット1200を所有する一方で、最近はホンダの名車CB72を入手してご満悦。