レプリカ時代を懐かしむのも大変結構なこと。あれだけの開発競争が起き、驚愕のハイスペックと狂乱の販売台数を記録したバイクブームは日本史に残るべきムーブメントだ。
しかしあれは一つの狂気だった。ゼファーはある意味、バイク界の正常化を果たしたのだった。

やりすぎたレプリカに対する、次の提案

80年代の後半にかけて、WGPの盛り上がりに合わせるように各メーカーからはレースシーンを強く意識した各種モデルが矢継ぎ早にリリースされていた。
レースで勝てるバイクを出せば売れる。レースに勝てばまた売れる。
「速さ」という尺度が絶対で、高め合っていった各メーカーは小排気量スポーツを極めていくことになるのだが、それがピークを迎える前に既に一般ライダーはそのムーブメントについていけなくなっていたのだろう。
過ぎるパフォーマンスと、400ccクラスで70万円に届きつつあった価格。一部の極スポーツ愛好家以外は、本心ではもう食傷気味だったのだ。

そこに登場したのが「ネイキッド」というカテゴリーである。
いわゆる「普通の」オートバイだ。SRのようなテイスティシングルでもなく、実用車でもなく、かつてのZやCBのような、普通の人が普通に日常でも使え、ツーリングユースなどにも懐深く応える普通のバイク。

ホンダからはCB-1、スズキからはバンディット、そしてカワサキからはゼファーが、それぞれ同じ頃に投入され、レプリカ時代は急速にネイキッド時代へと移り変わっていくのだった。

速くない、という魅力

バンディットやCB-1といったレプリカ由来のライバルに対して、ゼファーは遅かった。59馬力が当たり前だった時代に空冷2バルブのエンジンは46馬力しかなく、400ccレプリカが150kg台だったところに177kgで登場した。
走ればそれでも牧歌的な良さはあったものの、スペックにおいては見るべきものは全くないのだ。その代わりに自然さや美しさが追求された。
エンジンなどをカウルで覆い隠さないため、性能だけでなくエンジンの造形や2本ショックなど、細かいルックスに気を配ったのだ。
また価格設定も魅力的だった。52万9000円は400ccとしてはかなり安価であり、GPZ系のエンジンを引き継いだことで成しえた設定でもあったのだろう。

レプリカブームで「速さ」という尺度を半ば押し付けられていた消費者からしたら、その尺度の外で登場したゼファーはオアシスのような存在だっただろう。
「飛ばさなくても良いのだ」「ムキにならなくていいのだ」「革ツナギを着なくても良いのだ」……そんな開放感もあったはずで、ゼファーは登場後すぐにメガヒットとなっていった。

このヒットに続くようにライバル各社もこの新しいカテゴリー、「ネイキッド」へと参入していくわけだが、ゼファーには一日の長に加えて、こういうバイクを作るのだという信念があったのだろう。
しばらくはライバルを寄せ付けない圧倒的なセールスを記録し続けた。「速さ」という尺度が意味をなさなくなった時、では何をどうすればゼファーに対抗できるのだろう、というのは各社とも頭を悩ませたはずだ。
数値化できない部分で勝負しなければならず、前年まではいかにサーキットタイムを短縮しようかと取り組んでいた開発メンバーからしたら、まるで新しいチャレンジだったはずだ。

変えずに7年

ゼファーの登場は89年。2バルブエンジンをダブルクレードルフレームに搭載し、2本ショックとどこかクラシカルなスタイリングのレシピを確立した。
4月にデビューし、その年は5月から月間販売台数トップをキープ、7285台を売り上げた。ちなみに翌年は年間13466台を売ったのだが、2位はZZR400の5119台とその差はトリプルスコアに迫ろうとしているのだから当時の勢いは凄まじかったのだろう。

好調なセールスが続いたおかげで、ゼファーはメーター形状やエンブレム類の変更といった小変更のみでモデルチェンジしていった。
93年にはMFバッテリーの採用、別体式ヘルメットホルダーの採用、リアブレーキの1ポッド化など機能面もブラッシュアップしたが、2バルブゼファーは95年の最終モデルまでほとんど変更されずに駆け抜けた。

ライバル登場で4バルブ化

90年代になると、スーパーフォアやインパルスといった、よりハイパフォーマンスなネイキッドも登場し、またテイスティ路線でも空冷のXJRが登場するなど400ネイキッド全盛期が到来。
市場に多くの選択肢が溢れるとゼファーの独り勝ち状態は解消され、セールスも落ち着き、そしてセンセーショナルだったゼファーは少し古さを感じさせ始めていた。カワサキからも1994年にはZZR400をベースとした水冷ネイキッドのZRXが登場しており、いよいよゼファーも役目を終えたかと思った96年、カワサキはゼファーの4バルブ化に踏み切ったのだった。

販売台数的には既にトップの座は譲っていたし、他社ネイキッドモデルには「R」仕様のような派生モデルが生まれネイキッドでもパフォーマンスが追求され始めていた時代。
ZRXに代替わりしても良さそうなものだったが、エポックメイキングだったゼファーブランドを生きながらえさせたのは、結果としては英断だっただろう。なんといっても「χ(カイ)」と名付けられたこの4バルブゼファーは2009年まで13年間も売られ続け、一定のセールスを確保し続けたのだ。

ゼファーχは4バルブ化しただけでなく、軽量フライホイールやスロットル開度センサーのK-TRICを採用し、吸排気系の変更と合わせて7馬力のパワーアップを達成し自主規制値いっぱいの53馬力となった。
それでも水冷のライバルに比べれば牧歌的なフィーリングを持っていたゼファーχだが、しかし2バルブ時代に比べれば圧倒的に洗練され、見劣り、乗り劣りすることはなく安定したセールスを続けていったのだった。

現行車にしてプレミアム化

にわかには信じられないが、ゼファーの最終型は2009年であり、つい最近という感覚である。初期型登場から20年も作り続けられたわけで、その期間に世の中は様々な流行り廃りが繰り返され、ゼファーはもはや伝説的なモデルになっていた。
後継機種的位置づけだと思われたZRXが前年にラインナップ落ちしているのだから、SRとSRXの関係のように、新しくより高性能なものよりも、初期のシンプルなものの方が本当の意味で幅広いライダーに慕われていた、という証拠だろう。

最終型はZを思わせる火の玉カラーで登場し、ファイナルエディションとして定価以上の高値で取引されることもあった。
ファイナルとはいえ限定ではなく、2010年も引き続き販売され合計で約2500台が登録されたという。

現実的には「ゼファー400χ」を狙おう

大別して、2バルブと4バルブの2種類であるゼファー(400)。今は人気絶版車としてセカンドライフを謳歌しているモデルである。
絶版となって13年ほど、最終型ならばまだフレッシュで、価格的には確実に絶版車ステータスではあるものの、車両的にはまだまだ絶版車というよりは中古車感覚で接することができるだろう。

逆に2バルブのゼファーは絶版となってから時間が経っているために絶対数が少ないのに加え、状態の良いものはあまり残っていないというのが現状。
元気に走るには手を入れていかなければならないだろう。80年代の終わりに日本のバイク界を転換させたエポックメイキングな一台に乗ろうと思うなら、4バルブ化以降のものが現実的に入手しやすく、かつ買った後も比較的安心して乗ることができるはずだ。

筆者の思い出話

筆者は既にポストバイクバブル世代のため、ゼファー登場のその瞬間には立ち会っていない。
そしてバイクに本格的に興味を持ち始めた90年代中盤には、ゼファーはすでに時代遅れの乗り物であり、少なくとも当時の若者にとってはリアルタイムで憧れるバイクではなかったように思う。
水冷のインパルスはやたら速く、スーパーフォアにはバージョンRが登場、ネイキッドは美しく、気軽で、便利、というだけではなく、この頃にはしっかりと速かった。
レプリカ狂乱時代を知らない世代からすると、その時代のアンチテーゼとして重要な役割を果たしたゼファーは既にその役目を終え、時代は次へと進んでいると感じていたのだ。

そんな中ゼファーは4バルブ化し規制値いっぱいの53馬力にはなったが、水冷のスーパーフォアに対して、数値では同じでもやはりスピードで敵わない空冷4バルブのXJRを知っていたため、4バルブ化したからと言って当時の絶対王者・スーパーフォアにゼファーが対抗できるとはとても思えず、既にゼファーは新車にしてクラシックバイク、今で言うネオレトロ的位置づけだったように思う。
以前取り上げたツインショック化したバリオスIIがそうであったように、若者ではなく、当時30歳前後だった人を対象にした「懐かし商売」のようにも思ったものだった。

ただ、今乗ると2バルブの方も4バルブの方も、その「遅さ」は気にならない。
いずれも適度に緩慢であり、それでいて4輪車の流れは十分リードできるぐらいの性能はあるため、ストリートで不便することはないし、改めてどこにも無理のないポジションなどには感心させられる。
さらに社外の集合管などついていようものなら、整った排気音を響かせながら駆けるのはとても気持ちの良いものだ。

89年当時、度を越して速さを追求していたバイクに辟易としていた人たちが、「あ、コレで良いじゃん! 楽しい楽しい!」と飛びついたのが、今でも良く理解できる。

ゼファー400 モデルごとの特徴

初期型ゼファー
89年C1
過熱し過ぎたレプリカブームに対して、新たな提案として登場した初期型ゼファー。
GPz系の空冷2バルブエンジンを搭載し、鉄フレーム・2本ショックと、レプリカブーム以前の「普通のバイク」のカタチを改めて提案した。
初期型はエンブレムが立体ではなくステッカーであったり、後に定番となる砲弾型のメーターはしておらず簡素な樹脂カバーであったりと、各部の構成はとてもシンプルだった。
90年モデルではタンクエンブレムが立体になり、91年モデルではメーターがメッキの砲弾タイプになるなど少しずつグレードアップし、スタンダードなネイキッド像を確立していった。
93年C5
登場から細部の質感向上や燃料計追加ぐらいしか変更されてこなかったゼファーだが、93年にはMFバッテリーやディスクブレーキの形状変更、リアブレーキの1ポッド化など機能面でも初めて変更を受けた。

ゼファー400 C5
1996年ゼファーχ(G1)
初の大掛かりな変更となった96年。ヘッドを4バルブ化すると同時に燃焼室形状やピストン形状も見直し、規制値いっぱいの53馬力を獲得しただけでなく、燃費向上&低騒音化させるなど正常進化を果たした。
なお翌年には足周りも変更を受け、リアホイールがそれまでの18インチから17インチとなるのだが、ゼファーχの初期型だけは2バルブ時代と同じリア18インチの5本スポークホイールを引き継いでいるのが興味深い。
1年しか作られなかったことを思うとレア車と言えるだろうが、特別プレミアがついているという話は聞かない。

1997年ゼファーχ(G2)
4バルブ化した翌年にはホイールが3本スポークとなり、リアホイールが17インチ化。標準装着タイヤもラジアルとなった。これまでゼファーは一貫して単色だったのだが、この時のパールロイヤルブルーには白のコブララインが入れられた。

1999年ゼファーχ(G3A)
ゼファー10周年記念車ということで、火の玉カラーが設定された。99年7月末までに購入するとメッキのフロントフェンダー、Z2ミラー、そして旧ロゴのタンクエンブレムがプレゼントされたというから、それら3点が装着されていればちょっとしたお宝だろう。

2000年(G4)
2000年代に入るとゼファーはさらにクラシカルテイストを強め、車体色はかつてのタイガーカラーを模した配色が目立つ。
05年にはイエローボール、06年には火の玉カラー、07年には青火の玉、そして最終型の09年には再び火の玉、と歴史あるカラーリングを投入しつつゼファーの歴史は終わりに向かっていった。


筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最大手「ミスターバイクBG」編集部員を経た、フリーランスジャーナリスト。現在も日々絶版車に触れ、現代の目で旧車の魅力を発信する。
青春は90~00年代で、最近になってXJR400カスタムに取り組んだことも! 現在の愛車は油冷バンディット1200。