近代の産業発展に尽力した歴史的街道
絶景の定義を一考できる含蓄の深さが楽しい

冬の名物、ブリ。
出世魚としても有名であり、スーパーでもお馴染で“国民魚”とも言える定番の魚だ。

しかしこのブリ、物流技術の発達した現代だからこそ手軽に入手可能だが、冷凍・冷蔵技術の無い近世・近代はもちろん、昭和初期に至るまでは、大変貴重な魚として取引されていたのだ。
特に、信州松本では正月のブリは非常に珍重され、富山湾より水揚げされるブリは“飛騨ぶり”として特に高値で取引されたのである。

当時は冷蔵・冷凍技術が無かった為、主に塩漬けにして輸送された。
しかし、信州へ至るには北アルプス山脈超えという難関が待ち受けている。

山岳路の上、踏み場の悪い狭路。その上、季節は冬。
難所での輸送は主に“歩荷”と呼ばれる人々により、徒歩にて行われていたが、輸送のプロ達をもってさえ多数の命が失われたと言われている。

飛騨ぶりは命をすり減らして運んだ、文字どうり命を頂いた一品だったのである。
もちろん、その手間は価格に直結する。
松本での飛騨ぶりの価格は、1匹が米一俵と同額で取引されたと記録されているのだ。
信州は千曲川の鮭が豊富に水揚げされる地ながら、この価格にも関わらず飛騨ぶりは圧倒的な人気を誇ったと言われているのである。

また、この飛騨ぶり、富山より水揚げされ飛騨では“富山ぶり”。
飛騨より松本へ到着すると“飛騨ぶり”。
松本より信州各地へ流通する過程では“松本ぶり”と名称を変えていたらしい。
岐阜・信州共に海無し県にも関わらず、松本及び信州各地では「ブリとは飛騨や松本で獲れる魚らしい…」と信じていた人々も多かったとか。※実話です。

少々話が逸れたが、この“飛騨ぶり街道”の踏み跡は現在その多くが、主要国道として再整備されており、走り応え抜群の爽快ロードとして旅ライダー定番のルートにもなっている。
だがこの街道は、全国数多にある絶景ロードの中でも比較的マイナー路線だろう。
しかし、閉ざされた山国、信州に貴重な海のタンパク源と産業製品を送り続けた、大変重要な“脇役ロード”であったのだ。

このルートのハイライトはやはり野麦峠。
前述のように近代では多数の旅人の命が失われた厳しい北アルプス超えのメインルートである。

飛騨へ出稼ぎに行く女工達の歴史とリンクし大変知名度の高い峠でもあるが、現在は全線舗装整備されておりダイナミックな山岳ワインディングと紅葉が素晴らしいルートとして有名だ。

しかし、全線に亘り旧線形な上、岐阜側はほぼ1.5車線の狭路。
深緑と空気の美味い山岳ロードだが、展望は期待できない。

しかし、北アルプス越えの山脈の紅葉は大変見事。
こらからの時期、最もお勧めなツーリングロードと言えるだろう。

野麦街道を過ぎ、岐阜県に入ると概ね2車線の高規格道路が続く。
高山市・飛騨市と有名観光地を除けば、渋滞は皆無で爽快そのもののワインディングロードだ。
そして、ぶり街道後半となる、富山へ至る越中街道も外せないルートだろう。

中でも、越中街道の脇往還である“越中中街道”が興味深い。
現在、国道41号線として活用されているこのルートは、峡谷を抜ける厳しい道だ。

現在、長大なスノー&ロックシェッドが連続して設置されており、異世界感すら感じる光景が特長的だ。
また、驚異の危険度を誇るエキサイティングな旧街道の踏み跡も残されており、かつての歩荷達の苦労を偲ぶ街道でもある。

現在、富山~松本間は4~5時間あれば十分可能だが、近世の食文化と産業を紬いできたこの街道は、想像を絶する危険地帯を辿る交易路だったのだ。
しかし、この街道の旅は移り変わる歴史の中、時間から完全に取り残された風景…まさしく“秘景”と呼ぶに相応しい光景を垣間見られる、貴重な体験ができるに違いない。

絶景の定義。
感動がそのファクターとするならば、一風変わった“絶景”を体験できる道なのかもしれない。

冬期は凍死者の続出した野麦峠。
文政8年に旅人の避難所として石造の待避所が建設された。
復元ながら当時の材料にて再構築されており、内部の見学も可能だ。

高山市中心部にある、景観保存地域がこの“さんまち通り”だ。
多くの建物が商店やお土産物店になっており、観光の中心となっている。
人は多いが一度は行っておこう。酒蔵は必見!

狭路の多い野麦街道だが、2車線区間も比較的多い。
だが、ブラインドコーナーも多く、積雪の為、舗装も荒れ気味だ。
また、観光客も多く細心の注意を持って走行しよう。

現在、信州松本と岐阜の連絡ルートの主流は安房峠となっている。
しかし、この旧道も野麦街道に負けないエキサイティングさを誇る酷道だ。
このルートも歴史深い交易路だぞ。

まさに秘景と言うべき危険度MAXの旧街道がこの“割石の高崖”と呼ばれる越中中街道の路盤だ。
幅約1m、落差約70mという変態的ルート。
しかも現役路という恐ろしさだ。

この写真で、割石の高崖の異常さを理解できるに違いない。
上記写真の位置は、この写真の点線にそって走るルートだ。
1m先に死神が舞っており、常人は立ち入りをすべきでない。

筆者プロフィール

神田 英俊

内外出版社発行、隔月刊ツーリング雑誌“MOTOツーリング”誌のコンセプター兼編集長。“旅人による旅人の為の雑誌”を基本コンセプトに、全国のDEEPな旅ネタを更に深く掘り下げて取材・掲載している。個人的なバイク趣向はオフロード。季節を問わず、主にキャンプを基軸とした旅が中心。冬季北海道ツーリングの常連でもある。バイクと共に温泉もこよなく愛しており、温泉ソムリエの資格を持つ秘湯巡礼ライダーでもある。