レプリカブームが落ち着き、バブルがはじけ、ネイキッドブームが到来し、そしてシームレスにストリートバイクブームが起きた。

ドラマで水色のTW200が登場したのが全国的な本格ブームの引き金ではあったものの、実はその前からもっと色々あったムーブメントである。

ビューティフルライフ

ストリートバイクブームと言えば、水色タンクにベージュのシートにカスタムされた、「キムタクのTW」は避けて通れまい。
2000年に放映されたドラマ「ビューティフルライフ」に登場したこのバイクが、ストリートカスタムのさらなる加速に繋がったのは間違いなく、当時この水色タンク×ベージュシートのTWが街に溢れていた。

キムタクという絶対的アイコンが、当時中古車としては人気がなく激安入手が可能だったバイクをベースとしたカスタムバイクをカッコよく乗っている…これがムーブメントにならないわけはない。

砂地のような特殊な不整地を走るために採用されていたバルーンタイヤもストリートではファニーなルックス=個性と捉えられ、ビューティフルライフ以降、ストバイの絶対的スタンダードはヤマハTW200と決定されたのだった。

美容師×バイク

ドラマの中ではキムタクも美容師役だったが、それと前後して渋谷や原宿といったシーンでは美容師がカスタムバイクに乗るというのが一つのムーブメントだったように思う。

都心の美容室へと気軽なカスタムバイクで通う、お洒落な若手美容師さんたちがファッション誌などに登場したのが、ストリートバイク文化のきっかけだったのではないだろうか。

筆者はビューティフルライフ前夜に少しだけファッション誌に関わる仕事をしていたことがあったが、若いモデルさんたちの間でもストリートバイク、あるいはストリートカスタムの流れはすでに確かにあった。

よく一緒に仕事をしていた人の中には、XT200やXLR250、FTRの250の方など、そういったバイクに乗っているモデルさんやヘアメイクさんが多かった。

筆者も当時は空冷のDT125に乗っていて、それらカッコいい業界関係者と勝手に仲間意識に浸ったものだった。

あのオシャレな水色TWがストリートバイク界に衝撃を与える前から、気軽で手に入れやすい旧めのオフロード車をカスタムして、ゲタがわりに都内の移動に使うというのは、すでに文化として存在したのだ。

しかも当時は今のようにバイクの駐輪が厳しくなく、事実どこにでも停めることができたのも大きいだろう。

移動はどこでも気軽なバイク、行先では普通に路駐。

美容師さんたちだけでなく、様々な現場を飛び回るファッション誌関係者にとっても便利な移動手段であり、そしてそんなオシャレな人たちだからこそ、少しずつ自分好みにカスタムを施したりしたのだった。

ネイキッドブームと袂を分かつ

ストリートバイクブームと、ネイキッドブームはおおよそ同時期に起きた。
先鋭化したレプリカ群に対して、よりリラックスしてマルチな使い方ができるネイキッドがとってかわったというネイキッドブームの図式だが、ストリートバイクブームは同時に起きたにもかかわらず、ネイキッドとは完全に別路線で交わりはないように思える。

ストリートバイクブームは、辿ればSR系や、アメリカンブームを引き起こしたスティード系と仲間だろう。

ネイキッドブームは根底に懐古趣味が流れているのに対し、SRもスティードも、いずれも普遍的なバイクらしさをずっと引き継いできたジャンル。
「オフ車」というキーワードも同様で、はるか昔から続いてきたものであって、ネイキッドのようにニュージャンルとして登場したものとは少し違う。

また、ネイキッドは「速さ」というものと決別していないのも大きな違いだ。

ゼファーがデビューした時にはレプリカに対して「遅い」と言われたものの、結局ネイキッドたちはスポーティバージョンが登場するなどして「速さ」は一つの魅力、あるいは尺度として存在し続けた。

対するストリートバイクたち、特にTWなどははっきりと「遅」かった。
ストリートで過不足なく移動できる程度のスピードだけが求められていて、「速さ」というのは全く重視されていなかったというのがネイキッドたちとの大きな違いであり、そしてそのままライダー層の違いでもあっただろう。

イジりやすい構成

筆者が空冷DT125に乗っていたストリートバイクブーム黎明期では、そこまでカスタムが流行っていたとは思えない。
ヘッドライトを丸型に交換したり、テールランプを小さいのにしたり、あるいはステッカーを貼るぐらいのもので、「スカチューン」など大々的なカスタムが一般化したのは「ビューティフルライフ」以降ではないだろうか。

スカチューンを施したTW
(※画像はTW225)

ストリートバイクと言えばこの「スカチューン」である。
これも遡ればSRに起源があるように思うが、キックのみで大きなバッテリーが不要だったSRが、エアクリボックスを撤去してシート下には大きなキャブレターが見えるだけ、というスカスカな形が「スカチューン」としてストリートバイク文化に持ち込まれたのだろう。

エアクリボックスの撤去、ダートトラックレーサーのようなパワーフィルター、灯火類を安定させるバッテリーレスキット、加えて本来エアクリボックスにリターンするブローバイにも小さなフィルターをつけるなど、そんなスタイルが定番のカッコ良さだった。

そしてマフラーはダウンタイプのスーパートラップ、ヘッドライトは小ぶりなベイツタイプ、小さなウインカーに狭めのハンドル、テールは短く切り詰めてシート後端にテールランプといったスタイルが定番となっていった。

街にはこんな仕様の250cc「トラッカー」が溢れたが、なぜこんなにも流行ったかというのは、素人にも取り組みやすいカスタムだったからだろう。

オフ車というシンプルな車体がベースであること、シングルシリンダーでマフラー交換なども容易だったこと、そもそもベースとなるマシンが安価に入手できたため遠慮なく手を加えることができたことなどが重なって、多くのバイク好き、もとい一般のお兄ちゃんたちも含め、ホームセンターで入手した簡単な工具でカスタムに取り組んだのだ。

星の数ほど登場したカスタムパーツもこれを後押しした。
「~用」というものもあったが、多くは「汎用」であり、自分で穴をあけたり、汎用ステーを駆使したりして装着することが多かった。

もちろん怪しい装着も多々あったわけだが、そんな自由なカスタム文化があったからこそ、個性も主張できただろうしノビノビとしたブームが育ったとも言えよう。
このころにはホームセンターで簡単な工具や簡単な電気ドリル、エーモンステーなどはさぞかしたくさん売れただろうなと思う。

かつてのレプリカや、同時に流行っていたネイキッドでは、そもそもの作りが本格的ゆえここまで思い切った、あるいは個性的(無茶苦茶な?)カスタムは難しかったはずだ。

しかしストリートバイクはオフ車由来ゆえのシンプルさのおかげで、そんなエントリーユーザーでも楽しめる簡単なカスタムを提供してくれた。
車検のない軽二輪枠ということも極端なカスタムに拍車をかけただろう。

ちゃんとしてきた時代

様々なカスタムが野放しになっていたのは、ストリートバイクブームが起こり始めた短い間だったような気がする。

素人が適当に施したスカチューンではキャブのセッティングが出ていなかったり、無理やりシート下に押し込んだ配線類がショートしたりといったことが頻発した。
定番のヨーロピアンウインカーの中には水が溜まり、下側一か所のみで留められていたベイツタイプのヘッドライトは緩んでパカパカしたりした。

ハンドル交換をしてもスイッチボックスの回り止めの穴をあけずに組んでしまうものだからスイッチボックスがグルグル回っちゃうなんて茶飯事。
クラッチワイヤーやブレーキホース、スロットルケーブルの取り回しが怪しいなんてことも珍しくなく、カスタムは自由で楽しいが、ちょっと危なくないか? という考え方も(当然ながら)出てきた。

ストリートバイクブームが成熟していく中で、「汎用」のカスタムパーツは減って、責任あるショップが確実に装着できる専用カスタムパーツを多くリリースするようになった。
ロングスイングアーム、通称「ロンスイ」が一般化したのもこの頃だろう。

素人ではちょっと手が出しにくいカスタムもプロの参入により可能になり、ストリートバイクカスタムムーブメントは引き続き素人が自由に楽しむものと、ショップのカスタムコンプリートなどとの2本立てでその後も長く親しまれることになった。

ショップの参入により当初の自由さはいくらか失われたかもしれないが、安全性は飛躍的に高まったし業界全体が潤うという意味でも良きムーブメントだっただろう。

ファッション誌に関わっていたときに、足回りをスポークホイールの前後17インチにして、フロント120・リア180のロードタイヤを履いたTWが撮影小物としてスタジオに持ち込まれたことがあった。

その時「ここまでくると素人じゃ絶対無理だもんな!」と思ったもので、自分のボロめのフルノーマル空冷DT125との対比にストリートバイクブームの成熟を実感したのを覚えている。

けん引した車両たち

先述したように、ストリートバイクブームを引き起こす題材としてSRなどクラシカルなモデルは確かにあったと思う。
しかしいよいよブームが起きようとしていたときには、250ccのオフロード車が注目されていただろう。

不人気で手に入れやすかったTW200はもちろん、タンクにトリコロールカラーで大きく250Rと書いてあった頃のXLRやまだ250ccだった頃のFTR、すでに多くの中古車が出回っていたセロー225などもベース車として注目されていた。

セロー225

TWがこのストリートバイクブームのメインストリームになっていたことは間違いなく、ビューティフルライフが放映される以前の99年にすでにストリートバイクブームに対応して丸目ヘッドライト仕様をリリースしていた。

また97年にはセローの派生としてやはりストリートを意識したブロンコが登場。
ヤマハはこの流れをいち早く察知していたといえる。

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ホンダのFTR250もこのストリートバイクブームにおいて注目されていたが、すでに旧いバイクだったし発売時には人気がなかったことで個体数も少なかった。
そこでホンダは2000年にSL230系エンジンを搭載したFTR223を投入。

FTR223

スズキはボルティを持っていてこれまた一部ファンはいたものの、ストリートバイクとはどこかオフロードの香りがすることが求められていたのだろう。
FTR223と同じ2000年に小柄なグラストラッカーを、そして翌年にはリア18インチ・フロント19インチの「ビッグボーイ」も投入しシェアを拡大した。

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ホンダとヤマハが2バルブ系だったのに対し、スズキは250ccフルサイズで4バルブだったこともありパワー的には余裕があったが、しかしストリートバイクブームにおいてそれは大きなアドバンテージではなかったようにも思う。

92年からエストレヤを展開していたカワサキもスズキと同様だ。
エストレヤは確かに人気だったが、グラストラッカー同様にどこかオフテイストがあるのがストリートバイクブームということで、02年にエストレヤとエンジンを共有する250TRがデビュー。
これで4社の250ccストリートバイク、あるいは「トラッカー」が出そろった。

250TR

なおセローやTWに対するブロンコのように、スズキからはバンバン200、ホンダからはCB223Sといった派生モデルも登場。
ヘビーカスタムを施すトラッカーというイメージはすでに過ぎ去っていたと思うが、気軽なストリートバイクとして一定の支持を集めた。

ストリートバイクブームの終焉は、バイクにおけるブームそのものの終焉か

ストリートバイクブームは、若干雑なカスタムも多かったことや、安価なバイクを気軽に乗り換えるようなファストファッション的な面があったことで、本当の意味でバイクファンに定着したブームではなかったかもしれない。

特に極度のスカチューンなど施されたバイクが再びノーマルの形に近いところまで復帰することは考えにくく、言葉は悪いが一部使い捨て的な扱いを受けたバイクも少なくなかったと思う。

ただ、だからと言ってこのブームを駆け抜けた若者が本質的にバイクが好きになることはなく一過的なものに過ぎなかった、とは限らない。
あの時に気軽にバイクに接し、カスタムにも触れたことで、今になってもバイクというものに興味は持っているはずであり、それはそれで意味があることだ。

その後このブームは車両がみな空冷であったことやキャブ車であったこともあって、環境規制などに対応できず新車ラインナップが減っていったことで徐々に下火に。
そしてSRが絶版となったタイミング辺りで完全に終わってしまったのではないだろうか。

この頃にはバイクは高級化しており、気軽に手に入れていささか無茶なカスタムを施すような、そんな余裕は減っていったように思う。

惜しむらくは、その後これほどのブームが見られないことだ。
ネイキッドブーム、ストリートバイクブーム、スクーターブーム、アメリカンブームなどはみな00年代と共に終わってしまい、その後ブームらしきブームはニンジャ250がけん引したフルカウル250スポーツぐらいだろう。

世の中同様に、バイクも多様化の時代になり、ブームらしいブームが起きにくい状況が今にも繋がっていると思う。

今や貴重な存在に

ストリートバイクブーム時代にはあれだけたくさん走っていたストリートバイクやトラッカーたちはいったいどこに行ってしまったのだろう。
多くは輸出されて、本来のオフロード車としての使われ方でアジアや南米で元気に走っていると聞いたことはあるが、少なくとも国内においてはこれらバイクは若干レアにすらなってきている。

事実、いまノーマルで綺麗なTW200やFTR223を手に入れようとすれば、決して安くはなく絶版車的ステータスとなっていることに気づく。
それだけ絶対数が少なく、そして旧くなっていることで好調を維持するのが難しくなっているということだろう。

ただあのストリートバイクたちは気軽にバイクに接しさせてくれるという意味で大切な役割を担っていたとも思う。
今こそ再びこれらバイクを手に入れ、趣味としてだけでなく日常的に、お洒落に乗りまわすことこそ、ナイスな大人のバイク趣味人なのではないだろうか。

筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最王手「ミスターバイクBG」編集部員を経たフリーランスジャーナリスト。現在も絶版車に接する機会は多く、現代の目で旧車の魅力を発信する。青春は90~00年代でビッグネイキッドブームど真ん中。そんな懐かしさを満たすバンディット1200を所有する一方で、最近はホンダの名車CB72を入手してご満悦。