20歳で二輪免許を取得し、先輩たちに導かれて走った初めてのツーリング。あれから7年が経ち、就職や結婚を経て色々なことが変わった今、あの日と同じ親父の「RZ250RR」で同じルートを辿ったら、いったい何を感じるのだろう? 大きくて重く感じたバイクと、泣きそうになりながら走った伊豆スカイライン。懐かしい2ストの白煙とともに、過去の自分と向き合った1日の伊豆ツーリング記をお届けします。

RZ250RRで、あの日のツーリングの軌跡を辿る

朝6時半。

8月になろうという季節だが、神奈川と山梨の県境ともなると標高が高く、やや涼しいくらいだ。学生時代には毎日のようにバイクサークルの仲間と待ち合わせをしたコンビニだけど、今は一人。

こんな時間にここを訪れているのは、初めて250ccバイクで出かけたツーリングの写真を見つけたからだ。

時間が過ぎるのはあっという間で、2019年初頭、20歳の時に普通自動二輪免許を取得してから7年の月日が経った。それでも、親父のRZ250RRを借り、先輩たちに導かれて初めて走った1日のことは、今でもよく覚えている。

初めてのことばかりで楽しかったことだけでなく、ひどく疲労して苦しかったことも全部だ。

あれから7年、学生時代はたくさんの場所へ走りに出かけ、働き始めてからは様々なバイクに乗る機会に恵まれ、今ではすっかりバイクは慣れ親しんだ生活の一部になった。

では、今の私があのRZ250RRに乗り同じルートを走ったら、いったいどう感じるのだろう?

そんな思いから、実家のガレージに眠るRZ250RRを引っ張り出してきたという訳だ。

YAMAHA RZ250RR(1984)

しかし久しぶりに乗るRZだが、こんなだっただろうか?

親父のいう通り始動は良好で、キック一発でエンジンがかかる。2ストにしては湿っぽい感じのアイドリング音が懐かしい。

しかしサス、特にリアサスはふわふわだ。記憶の中のRZはもうちょっとしっかりしていた気がするのだけれど、あれから時間も経っているし、経年劣化だろうか。

とはいえ、前サスは生きていてブレーキもそこそこ効くため、ただのんびりツーリングをするだけなら不満はない。

もとより、年季の入った旧車でなくたって無茶な走りをするつもりはないので、乗り心地が良いな、くらいに思っておく。

ツーリング中のコンビニは思っているよりダラダラと休憩してしまうから、さっさとヘルメットを被り出発する。あの日のツーリングルートをたどるなら、どうし道を山中湖に抜け、パノラマ台を小山町方面へ降りる。そこから箱根・芦ノ湖・伊豆スカイラインといった流れだったはずなので、もたもたしている時間もない。

走り出して改めて感じるが、やはりRZ250RRは軽い。

乾燥重量147kgの車体は取り回しに関して何の抵抗感もない。足つきもいいから停車時の不安も皆無だ。

乗り慣れた自分のバイクとは違う感覚に戸惑いながら、学生時代にコーナーからギャップやマンホールの位置まで覚えたどうし道を、思い出すように慎重に登っていく。

前後18インチの細いタイヤを履いたRZ250RRは、現代の17インチサイズを履くスポーツバイクのようなクイックなハンドリングではないけれど、コツをつかめば軽い車体がヒラヒラとコーナーを駆け抜けていく。

だがやはりこのバイクが楽しいのは6000回転を超え、一気にトルクとパワーが出てきてから。3、4000回転で眠たそうにしていたのが嘘のように、マシンが前へとカッ飛んでいく。ついでに後ろに白煙も。

6000回転直前くらいで谷があるのは相変わらずだし、同調がやや狂っていて以前乗っていた時より明らかにパワーが出ていない。それでも自分のモタードよりは圧倒的に軽やかで、「2ストに乗っている!」という特別な楽しさがある。

確かに今はちょっと整備不足だが、こんなバイクを我が物のように乗り回していたなんて、私はずいぶんと贅沢な若者だったのかもしれない。お金はなかったけれど。

標高が高くなるにつれ、メッシュジャケットを通り抜ける風も冷たくなってきた。最近ではあまり来ることもなくなった道だが、バイパスを通す工事をしていたり、舗装がキレイになっていたりと景色が変わっている様も、走っていて飽きなかった。道の駅手前にコンビニができているのにはまだ慣れないものの、ツーリングライダーにとってはかなりうれしい事だと思う。

走り慣れた道は案外あっという間に終わってしまい、パノラマ台で一息つく。あの日はまだ雪が残っていて、ここもずいぶん寒かったっけ。

そんなことを思い出しながら、小山町へ抜けるワインディングを駆け下りた。

箱根スカイライン・芦ノ湖スカイラインまで登ってくると再び気温が下がって、ずっとエアコンの中を走っているような気分だ。夏場は水温計を気にすることの多いRZでのツーリングとしては安心だ。もちろん、暑さで過酷な一日になるだろうと思っていたので身体的にもうれしい。

芦ノ湖スカイラインを越えたところでガソリンの残量が気になったため、箱根で一度給油をしておくことにした。

タンクは20Lも入る250ccクラスとしては大型なものだが、今のバイクのように燃料メーターなどないため、山の中でリザーブに入ってしまうのは少し怖い。

レギュラー満タンで給油すると、給油量は9.66Lだった。178.4kmも走っているのでだいぶ減っているだろうと考えていたが、まだタンクの半分も残っていたとは。

そういえば、このバイクは1タンクで300kmくらい平気で走っていたような気がする、と思い出したのは、18.46km/Lという実測燃費を算出した時だった。

今回はあまり高回転を使って走っていないから燃費はいい方だったが、それでも旧車なおかつ2ストで300km近い航続距離があれば、ツーリングバイクとしてはかなり優秀なのではないだろうか?

でも今のバイクはリッター30kmくらい平気で走るから、タンク容量が同じならやっぱり燃費的にはあまり良くないのか……。当時の自分にとって、1タンクで300km近く走ってくれるこの航続距離は、少ないバイト代でやりくりするうえで本当にありがたかったんだな、と当時の懐事情を思い出して少しおかしかった。

とはいえ、ガス欠の心配がなくなったところで、今日の本命・伊豆スカイラインへと向かった。

伊豆スカイラインはあの日と同じようにきれいに晴れていて、玄岳ICを超えたあたりで空と海、そして尾根を辿っていく道が視界に飛び込んでくる。

最近ではヴィーナスや磐梯吾妻、八幡平などにも足を運んでいたため、高山道路自体に新鮮味はあまり感じなくなってしまったが、やはり肉眼で、そしてバイクで走りながら眺める景色は、今でもあの日と同じように輝いて見える。

今日は途中のパーキングで一緒に景色を眺める仲間がいないのが少し寂しかったけれど、一人でもまだあの時と同じように感動できることが素直に嬉しかった。

標高が高くなると、やはりパワーフィールにばらつきが出てきた。キャブ車特有のアレだ。最近ではインジェクション車ばかり乗っていたから、キャブの調子を見ながら走るのは久しぶりだ。

 

そういえばこんな感じだったな、と懐かしむのも楽しく、ぐずるバイクと向き合いながらのんびりと伊豆スカイラインを流した。幸いなことに平日の昼間はドライバーも少なく、抜きもせず、抜かれもせず。マイペースなライディングを楽しむことができた。

あの時はみんな速くて、というか自分がノロマで早々に置いて行かれたっけ。

それでも、途中のパーキングや出口の料金所、曲がり角ではきちんと待ってくれる先輩たちは、今思えば面倒見の良い人たちだったのだろう。

伊豆スカイラインを抜けると目的地はすぐ近くのはずだ。

当時ツーリングに来た時に入った食堂を思い出して向かっていたのだが、バナナワニ園が近くだったことは覚えているものの、正確な位置が曖昧だった。

しかし、国道135号から県道113号熱川方面へ曲がると、目的地にはあっさりと着いた。うろ覚えだったけれど、駐車場を見てはっきり思い出した。

伊豆の味処 錦

当時250ccの重さに慣れなかった私は、伊豆スカイラインを降りてすぐ20Lタンクいっぱいにガソリンを入れたら、駐車場の段差でRZをひっくり返してしまったのだ。

「こんなに軽いバイクをひっくり返すなんて」と当時先輩たちに言われたことにも、今なら納得できる。でも、せいぜい100kg程度の原付にしか乗っていなかった自分にとって、確かにあの時のRZはとても重いバイクだったのだ。

今では自分のバイクも200kgを優に超え、同じようにたくさんの重量級バイクを扱うようになったが、逆に新鮮味のある、刺激的なことは少し減ったかもしれない。

色々な事に慣れてしまったことを少し残念に思いながら、相変わらずちょっと高い駐車場の段差を慎重に乗り越えた。

入店した「伊豆の味処錦」は14時で昼の営業が終了で、かなりギリギリの時間だったが、快く招き入れてくれた。

注文したのは海鮮の3色丼。

鯵のたたき丼が名物のようだが、この日はあの日と同じ刺身の丼が食べたかった。

写真フォルダに残っていた当時食べた海鮮丼を探したけれどメニュー表には見当たらず、店を間違えたかとも思ったが、店主に聞いてみると昔出していたメニューとのことだった。

当時の私はとにかくお金がなかったから、食べたいものよりも値段で選んでいたような記憶がある。けれど、今はそんなこと気にせずに食べたいものを食べられるというのは成長した証でありつつ、歳を食った事実かもしれない……。

あの日仲間4人で囲んだテーブル席は、今は別の家族で賑わっていて、私はカウンター席に一人。それでも、無事にここに来られてよかったと思った。

ちなみに、店主曰く最近ではライダーの訪問も増えたそうだ。真夏シーズンにここまで来るのは少し大変だが、残暑が和らぐ頃には訪れてみてほしい。

昼食が済んだころには15時近くで、そろそろ帰路に就かなければ、帰宅が遅くなってしまう。

海岸でもう少しゆっくりしたかったし、いまだに入ったことのないバナナワニ園も気になったが、足早に熱川を後にした。

帰路は簡単で、再び伊豆スカイラインを北上し、箱根ターンパイクを下って西湘バイパスに合流し鎌倉の実家を目指す方針。

傾きかけた太陽を横目に、順調なペースで走っていたが、天城高原ICへ近づくにつれて、急に雲行きが怪しくなってきた。

さっきまでの晴天とは打って変わって、風が冷たく吹き付ける。

まずいと思って少しペースを上げたが、時すでに遅く、伊豆スカイラインに進入してすぐに辺りはバケツをひっくり返したような大雨に変わってしまった。

そんなところまで再現しなくても……。

あの日も帰りの伊豆スカイラインで雨に降られたのだ。当時は3月で日の入りも早く、真っ暗になった伊豆スカイラインを視界の悪い雨の中、30km/hに満たないほどの速度で泣きそうになりながらノロノロと走った。

普通二輪に乗り始めて日が浅く、バイクにも慣れていなければ、雨と暗さが不安を煽った。後に聞いた話、熱海の出口で待っていた先輩たちは、私を追い越していった車やバイクに「オニギリテールのRZ見ませんでしたか?」と尋ねて回っていたそうだ。心配をかけて申し訳なかったと思う反面、うれしくも感じた。

今では突然の雨程度で動揺することはなくなったけれど、夏だというのにこの日の伊豆スカイラインは異常に寒かった。

そういえば、あの時はレインコートを持っていたな。

準備の周到さに関していえば、バイク歴が長くなるにつれて退化しているかもしれない。

しばらくすると雨は止んだけれど、濡れたジャケットの水分が気化して身体の熱をどんどんと奪っていき、一刻も早く暖を取るべく、霧の立ち込めた箱根ターンパイクを下る。

この頃にはあたりも暗くなり、だんだんと見えてくる小田原の街灯に安堵する。ここまでくれば私の中では鎌倉の実家は着いたも同然だった。

一日、あの日と同じツーリングを再現してみたが、同じルートをなぞっているはずなのに、感じたことはいろいろと変わっていた。

大きくて速くて高性能だと思っていたRZ250RRは、小柄で色々と足りていない旧車だった。

ひっくり返すほど重たく感じたマシンは、羽のように軽かった。

帰るころにはまともに動かなかったクラッチレバーを握る左手も、今はなんともない。

同じバイクで同じ道を走ったことで、7年間積み重ねた走行距離が、自分を大きく変えていたことを改めて実感した。

就職して、働いて、結婚して、引っ越して。たくさんのことがあの頃と変わっていて、今では自分のバイクでツーリングに出かける機会も減った。

それでも、ふと開けた景色に感じる感動や、スロットルを開けたときの高揚感、身体をさらっていく風の快感は、今もあの日も変わらない。

やっぱり、バイクは良いな。

秋になったら、先輩たちや同期の仲間も誘ってまた来ようか。そんなことを考えながら流す西湘バイパスは、とても暖かかった。

筆者プロフィール

webオートバイ×BikeLifeLab

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