愛車のメンテナンスや整備中にボルトやナットが回らず困った時に「もっと力を加えれば緩むかも……」と無理をするのは禁物です。
ネジが固着する理由にはいくつかのパターンがあり、原因を知って対応することで緩めることが可能です。

逆に、原因を考えずに力任せに回せばボルトが折れたりネジが潰れるなど、自走不能なトラブルにつながることもあります。
本記事ではネジの固着の原因と適切な対処方法、固着を未然に防ぐ対策を解説します。

深追いすると大怪我につながることも。「これ以上はヤバい」と思った時の後戻りも大事

バイクいじりを行う中で特に意識することなく繰り返しているのが、ドライバーやメガネレンチ、ソケットレンチでボルトやナットやビスを締めたり緩める作業です。
「ネジ回し」はメンテテナンスや整備の基本中の基本動作ですが、それゆえネジが回らない時には理由を考えて対処することが重要です。

ネジが回らない状況を「ネジを締める際」と「ネジを緩める際」に分けると、遭遇例が多く難易度が高いのが後者です。
ネジを締める際の不具合はネジ山の損傷や使用するネジのサイズ違い(ネジの直径が同サイズでネジピッチが異なる)など、違和感を覚えた時点でネジを取り外してネジ山やネジサイズを確認し、必要に応じて修正することで対応できます。

一方で緩めようとしたネジがビクともしない場合、原因の推測から始めなくてはなりません。
ここではビスの十字穴やボルトの六角頭の角がナメた場合ではなく、ネジ山が固着した状況を想定して考察しますが、前提として「ネジ緩めの失敗の方が重大なトラブルにつながるリスクが高い」ことを念頭に置いておくことが肝要です。

バイクの各部に使われているネジにはそれぞれ役割がありますが、エンジンオイルのドレンボルトや前後ホイールのアクスルシャフトのボルトやナットなど、破損によって走行不能に直結する重要なネジもあります。

以下に挙げる原因と対処方法は一例であり、それらの方法で解決できない場合やトラブルが発生する可能性もあるため、作業は自己責任で行うようにしてください。ネジを回す際に工具に伝わる感覚が通常とは異なったり、直観的に「これは簡単に緩みそうにないぞ」と感じたときは、深追いせずにプロの手に委ねた方が賢明です。


「エンジンオイル交換でドレンボルトが外れないなんて……」というライダーも多いだろうが、過去にネジ山を潰したまま無理矢理ボルトを締め付けて緩まなくなる例は少なくない。
エンジンオイルや冷却水、アクスルシャフトやブレーキまわりのボルトが緩まず中途半端な状態でどうにもならなくなると自走も困難になるので、ダメだと感じたら早急にプロメカニックに判断してもらおう。

ネジの太さによって締め付けトルクは異なる。ネジが外れない、回らない原因を考えよう

回らないネジを無理やり緩めようとすると、ネジの破損だけでなくバイク本体の損傷やトラブルにつながることもあります。
そのためまずはネジが外れない原因を特定し、その上で適切な作業を行うようにしましょう。
ネジが回らない原因には以下のようなものがあります。

ネジの締め付けトルクが高い

ボルトやビスは固定する部品のサイズや必要とされる強度によって太さが異なり、太くなるほど締め付けトルクの設定値が高くなります。

ホイールのアクスルシャフトやスイングアームピボットシャフトなど軸径の太いネジに取り付けられているナットは50~90Nmのトルクで締められていることもあり(具体的な数値は車種によって異なります)、これは6mmボルトの標準的な締め付けトルク10Nmよりはるかに高いトルクです。

DIYでバイクいじりをしようとするライダーなら、太いボルトは強く締まっているであろうことは感覚的に理解しているでしょうが、高トルクネジに適した工具を選択せず苦労する例は少なくありません。


足周りやフレームのボルトやナットはサイズが太く高いトルクで締め付けられていることが多い。
ネジが太ければ六角頭のサイズも大きく、メガネレンチなら必然的に全長も長くなる。
ソケットレンチで緩める際は、全長が長いラチェットハンドルを選択することで高いトルクを加えることができる。

オーバートルクで締め付けられている

ボルトやナットにはネジの太さに応じた適切な締め付けトルクが設定されていますが、なかには緩みを懸念して過剰な力=オーバートルクで締め付ける人もいます。
上記の通り6mmボルトの標準締め付けトルクは10Nmですが、倍の20Nmで締めれば緩める際の力も余計に必要です。

普段の作業からオーバートルク気味であることを自覚していれば緩みづらさも想定内かもしれませんが、他人がオーバートルクで締めたネジを緩める際は違和感を覚えるかもしれません。

しかし、そもそも緩み防止効果を期待してオーバートルクで締め付けること自体に合理性はありません。
強く締めた方が良いならサービスマニュアルなどに記載されている標準締め付けトルクが見直されるはずです。


ブレーキ関連のボルトは緩み防止のため確実に締め付けることが必要だが、過大な力を加える必要はない。オーバートルクは緩める際に苦労するだけでなく、ボルトや部品を傷めるリスクがある。

ネジ山が錆びている

雄ネジと雌ネジのわずかな隙間に浸透した水分が原因でネジ山が錆びると抵抗が増大して緩みづらくなります。旧車や絶版車で長期間回していないネジの場合、サビによる固着例は少なくありません。


ネジの頭が錆びている場合、ネジ山にも錆びて固着していることも多い。

ネジロック剤が使われている

ブレーキディスクローターの取り付けボルトにネジロック剤が使用されている場合、簡単に緩まないことがあります。
ネジロック剤は雄ネジと雌ネジの隙間に浸透して空気が遮断された状況で硬化する樹脂を使用した接着剤なので、緩まなくて当然です。



緩んではいけない場所に塗布されているネジロック剤は雄ネジと雌ネジを貼り付ける接着剤なので、緩める際もずっと抵抗になり続ける。

ネジ山が潰れている

雄ネジと雌ネジのネジ山の角度とピッチが一致することでネジは滑らかに回ります。
裏を返せばネジ山が潰れたネジはスムーズに回りません。

取り付け時にスムーズなら、雄ネジと雌ネジが噛み合った状態でネジ山が自然に潰れて緩まなくなることは考えづらく、ネジ山の潰れは締め付け時に発生するのが大半です。

ネジ山に異物が付着した状態で締め付ければ、ネジに噛み込み抵抗が増加します。
これを無視してさらに締めればネジ山が潰れて緩め方向にも回りづらくなります。

原因に応じて適切な手段は異なる。外れないネジを緩める方法

締まったネジが外れない場合、原因は上記の通り何パターンも考えられます。
したがって緩め方にも様々な手段があり、以下のような順序で試していくのがおすすめです。

ただしネジの状態によってはこれらの手順でも回らないこともあります。
その場合は深追いせず、被害が拡大する前に降参してプロに任せるようにしましょう。

手順1 ケミカルを使用する

ネジを締めた際に引っ張られて伸びた分が戻ろうとする際の力である軸力と、雄ネジと雌ネジの接触面に生じる摩擦力が大きすぎるネジを緩めるには、摩擦力を軽減させるのが有効で、ここで大いに有効なのが浸透潤滑ケミカルです。

ホームセンターで容易に入手できるCRC-556や自動車やバイクユーザーの信頼が厚いワコーズのラスペネなど、狭い隙間に浸透してフリクションを低減させるケミカルは数多く販売されています。

この種のケミカルを使用する際はネジ山に行き渡るまでの浸透時間が必要なので、塗布後数分程度待つことも重要です。

また、浸透潤滑ケミカルの中には、錆びたネジに特化した製品もあります。
これはスプレー部分を急速冷却することでサビに亀裂を生じさせ、その亀裂に潤滑剤を浸透させて緩めやすくします。

固着したネジを緩める際は、まず最初に浸透タイプの潤滑ケミカルをスプレーしよう。

ネジ山の隙間にケミカルが浸透するにはある程度の時間が必要。
スプレー後すぐに回すのではなく、数分から数十分程度待ってから緩め作業に取りかかろう。

ネジ山の隙間が錆びたネジにスプレーすることで、冷却剤で収縮したネジの隙間に潤滑剤を浸透させるタイプのケミカル。

手順2 工具を換える

高トルクで締め付けられたネジを緩めるには相応のトルクが必要です。
作業者が加えることができる力が同じなら、工具の長さを長くすることでネジに加わるトルクが大きくなるので、メガネレンチなら全長の長いタイプに変更し、ソケットレンチならラチェットハンドルをブレーカーバーに変更すると緩めやすくなります。

工具に加える力が同じでも、全長が長い工具を使うことでネジに伝わるトルクが大きくなる。
六角部のサイズが同じでも全長が異なるレンチを用意しておくことで、締め付けトルクの違いにも対応できる。

手順3 加熱する

アルミと鉄のように膨張率の異なる素材の組み合わせでは、浸透潤滑ケミカルをスプレーした後に加熱するのも有効です。
加熱によって雄ネジと雌ネジに僅かでも隙間ができれば、ケミカルの浸透が促進されて固着が剥がれる一助となります。

ただし、加熱効果を得るには、ヘアードライヤー程度の熱量ではなくもっと高温まで加熱できるヒートガンが必要です。
またヒートガンで加熱するとケミカルが揮発してしまうので、加熱とスプレーを交互に行うようにしましょう。

分解だけでなくホイールベアリングの組み付け作業でも重宝するヒートガン。さび付いたネジを充分に加熱して潤滑ケミカルをスプレーすると浸透しやすくなる。

手順4 衝撃を利用する

ガッチリ締まったネジには、緩めトルクを一気に加えるショック療法も効果的です。
ネジに対して有効な力が加わらない状態で工具でジワジワと回そうとすると、ボルトやビスの頭がナメたり潰れるリスクがあります。

それなら大トルクを瞬間的に加えた方が、固着が解消されて緩むきっかけとなります。

最もポピュラーなのがショックドライバー(インパクトドライバー)です。
カム構造を内蔵したショックドライバーは、グリップ後部をハンマーで打撃することで先端のビットに強力な回転力を伝達します。

普通の貫通ドライバーをネジ穴に当ててグリップ後部をハンマーで打撃するだけで、ネジ山の固着が緩んで回りやすくなる。

グリップエンドをハンマーで叩くと先端のビットが回転するショックドライバーは、固着したネジを緩める定番工具。
ネジにドライバーを押し当てて緩め方向に捻りながらハンマーで思い切り叩くのは、慣れないと意外に難しい。

手順5 インパクトレンチを使用する

ショックドライバーと同様に、固着したネジにはインパクトレンチも重宝します。インパクトレンチにはエアー式と電動式があり、後者であればエアーコンプレッサーが不要なのでどこでも使えます。

インパクトレンチを使用する際はボルトの頭とソケットのはめ合いが重要なので、ソケット開口部は12ポイントではなく6ポイントのインパクトレンチ専用ソケットを使うことをおすすめします。

固着したプラスビスに対しても電動インパクトドライバーで一気にトルクを与えると、錆びたネジでも十字穴をナメることなく緩む確率が高まります。

ハンマーで打撃するショックドライバーは、ある程度使い慣れないと打撃の瞬間に十字穴からビットが浮いたり、ハンマーでグリップを握る手を叩くミスが生じる恐れがありますが、電動インパクトドライバーならビットをビスに押しつけて保持できるので十字穴を潰すカムアウトの心配も不要です。

絶版車や旧車で一般的なプラスビスを緩める際は、固着の有無にかかわらず電動インパクトドライバーを使用することで作業効率アップに役立ちます。

ハンドツールでは力が足りない時、パワーツールが頼りになる。電動インパクトレンチが普及したことで、固着したネジだけでなく分解作業全般の効率が大きくアップした。

電動インパクトドライバーは日曜大工だけでなくバイクの分解整備にも役に立つ。
何本も連続してネジを緩める際は、ドライバーより圧倒的に早くて確実に作業できる。

手順6 ロッキングプライヤーや特殊ソケットを使用する

固着したネジを緩めようとして、ボルトの六角頭をナメたりプラスネジの十字穴を潰して工具が掛からなくなった場合、メガネレンチやソケットレンチの代わりにロッキングプライヤーで掴んで緩められることがあります。

同様に、ボルトやビスの頭にターボソケット等の製品名で市販されている特殊ソケットを叩き込むことで、角が丸くなったボルトやナット、ドライバーがまったく噛み合わないビスを緩めることができます。
この種のソケットは左回転でボルトの頭に強く食い込むよう、開口部にスクリュー状の鋭い刃があるのが特徴です。

六角頭が摩耗してレンチやソケットが滑ってしまうような時に重宝するロッキングプライヤー。

一般名詞的にターボソケットと呼ばれることも多い特殊ソケット。
6本のエッジがボルトやネジに食い込み、左回転でさらに強く噛み込むことで角が丸まったボルトやナットを緩めることができる。

ネジの固着を防ぐにはネジ部の手入れと適正トルクによる締め付けが重要

回らないネジをあの手この手で外すのはウデの見せ所ですが、そもそも緩まないネジを作らなければ余計な手間は不要です。
また緩まないネジは作業者の人為的なミスによるものも多いため、僅かな注意で固着を防止できます。

ボルトやナットの締め付けトルク管理を行う

オーバートルクによる締め付けは百害あって一利なしですが、低すぎるトルクもトラブルの元となります。
一般的なネジには標準締め付けトルクがあり、特定の場所に使用するネジにはメーカーごとの指定があることから分かる通り、ネジを締める際はトルク管理を行うのが大原則であり重要です。

バイクに使用されているすべてのネジにトルクレンチを利用するか否かは、個々の判断によるところもありますが、少なくともメーカーがトルクを指定している部分に関してはトルクレンチで締める慎重さがあっても良いでしょう。

標準締め付けトルクのネジは経験を積むことで締め具合の感覚がつかめてくるが、メーカーによる指定トルクがあるネジはトルクレンチで管理したい。

定期的に洗車を行う

洗車とネジの固着には何の関係もなさそうですが、雨天時や海沿いを走行したまま放置することで車体各部、もちろんネジも錆びてしまいます。

サビによる固着を未然に防ぐには水分や塩分を取り除く洗車が有効で、可能であれば水洗い後はタオルによる拭き取りに加えてエアーブローを行うことでサビ防止効果が高まります。

また定期的に洗車を行うことでタイヤやブレーキパッドの摩耗、ドライブチェーンの伸びや各部ボルトの緩みを発見するきっかけにもなるので、最低でも一か月に一度は洗車を行うようにしましょう。

昔から「洗車はメンテナンスの第一歩」といわれてきたが、ネジの固着を防ぎ不具合の種を早期に発見できる点でも、定期的な洗車は必須と言って過言ではない。

雄ネジと雌ネジのメンテナンス

取り外したボルトやビスの表面が腐食している場合はもちろん、そうでなくても雄ネジと雌ネジのコンディションの確認は重要です。
ネジロック剤を使用するブレーキローターボルトは、ボルトをダイスに通すのと同時にホイールハブの雌ネジにタップを立ててネジ山に残った接着剤を取り除くことで、ローター取り付け時にボルトをスムーズに取り付けできます。

ネジ山が錆びたボルトをそのまま組み付ければ、フリクションによって必要な締め付けトルクが得られない可能性もある。
サビや汚れがある場合は、ダイスに通してクリーニングすると良い。

かじり防止ケミカルの併用

マフラー取り付け部のエキゾーストスタッドボルトやナットはエンジンの高温によって固着し取り外し時にかじり易いため、焼き付き防止用の耐熱潤滑剤の塗布が有効です。
名称はメーカーによって異なりますが、スレッドコンパウンドと呼ばれる製品は高温高荷重環境でも焼損することなく潤滑性を維持するためおすすめです。

エキゾーストスタッドボルトやナットは熱でかじりがちなので、組み付け時に耐熱潤滑剤を塗布することで次回緩める際にスムーズに作業できる。

強行突破は後悔の元。ネジが回らない時は原因を突き止めて対処しよう

締め付けトルクで加わる軸力とネジ山の摩擦力で締まっているネジは、通常であれば最初のひと緩め以降はスルスル回るはずです。

しかしその一発目が来ない場合、固着の理由を把握することが重要です。
この過程を抜きに力任せに緩めようとしても、ネジの切断やネジ山の破損といったトラブルに陥るだけで、決して良い結果には結びつきません。

締め付けトルクが過大なのか、ネジが錆びて固着しているのかによって適切な対処方法がことなりますが、どんな場面でも事前に浸透性の高いケミカルを併用することで緩みやすくなるので、手強そうなネジには事前にスプレーして充分な浸透時間を確保するのも得策です。

ネジの着脱はメンテナンスにおける基本的な作業です。
この重要な作業でつまづかないためにも、工具を緩め方向に回した時に「手応えがおかしい……」と感じた際には無理をせず、回り道だと思っても原因を追求するよう心がけましょう。

筆者プロフィール

栗田晃

バイク雑誌編集・制作・写真撮影・動画撮影・web媒体での記事執筆などを行うフリーランスライター。現在はサンデーメカニック向けのバイクいじり雑誌「モトメカニック」の編集スタッフとして活動中。1976年式カワサキKZ900LTDをはじめ絶版車を数台所有する一方で、現行車にも興味津々。