90年代後半、それまでは4気筒こそが日本車のアイデンティティとばかりに横置きの直列(並列)4気筒でのハイパフォーマンス化を追求し続けていた各日本メーカーに変化が現れた。
ヤマハTRX850を発端とするビッグツインスポーツの流れである。
ホンダもこれに参戦するのだが、VTR1000F「ファイヤーストーム」は実にホンダらしい、トータルバランスに優れたモデルだった。

HONDA VTR1000F Fire Storm

突然のビッグツインの波

国産の大排気量スポーツバイクといえば、CB750Four以降「高回転高出力の4気筒」というのが相場だった。
パラツインやVツインが主流だった欧米のバイクに対して、イタリアで少量生産されていた4気筒にこそ将来性があると見抜いたのが国産メーカー躍進のきっかけだろう。
おかげで数々の名車が生まれパフォーマンスも飛躍的に向上していった。

90年代にはCBR900RRのような軽量コンパクトな4気筒スポーツもあれば、ZZRやハヤブサのように強大なパワーでとんでもない最高速を実現するモデル出現した。
一方で400cc、そして250ccでさえも4気筒が普通になっており、80年代後半には一部スポーツモデルに限られていた小排気量の4気筒も90~00年代には普及版とも言えるネイキッドモデルにも広く採用されていた。

日本のスポーツモデル=4気筒という図式が完全に出来上がっており、日本のメーカーは超精密・超高性能な4気筒エンジンを誇りに思っていたはずだ。
ところが1995年、まるで何の前触れもないようにヤマハがデュアルパーパスのTDMのエンジンを転用したビッグツインロードスポーツTRX850をリリース。
これが引き金となり、ホンダのVTR1000F、スズキのTL1000Sが続くことになる。

ヤマハの挑戦とスーパーバイク

90年代後半のこのビッグツインブームは世界的に盛り上がった。
カワサキこそ参戦しなかったものの、ドゥカティやアプリリアがやはり大排気量ツインスポーツを展開していたこともあり海外の雑誌でもこれら国産ビッグツインで特集が組まれることが多かった。

そして日本国内でも各雑誌がこの流れに乗り、カスタムや国内仕様のフルパワー化、チューニングしてレースに参戦……と多くの連載でにぎわったし各社からマフラーなどアフターパーツも多く出回った。

その渦中にVTR1000Fもあったのだが、やはりこのブームのルーツとして賞賛すべきはTRX850に思う。
レースレギュレーションと関係ない排気量で、ヤマハが得意としていたトラスフレームに、エンジンを見せるハーフカウルを備えとてもスタイリッシュだった。
エンジンも今でこそ一般的だが当時はまだまだ目新しかった270°クランクのパラツインを採用。
販売的には大成功とはいえないモデルだったものの、かなりチャレンジングだったし、これがあったからこそビッグツインブームが起きたと言えるだろう。ヤマハの挑戦を賞賛したい。

一方で、2年後に参入したホンダとスズキは1000ccのVツインを選択。
この背景にはスーパーバイク選手権のレギュレーションがあったとされている。
当時4気筒は750ccまで、ツインは1000ccまでOKというレギュレーションで、ツインのドゥカティが国産の4気筒を苦しめていた。
ならば国産も1000ccのツインを作ってドゥカティと戦ってやろう、というチャレンジだったのは、後に登場したVTR1000SPやTL1000Rの存在が証明している。

トータルバランスのVTR

美しいトラスフレームで登場したTRXに倣うように、ホンダもスズキも素材こそアルミだったもののトラスイメージのフレームを選択。
ハーフカウルとしてフレームやエンジンをアピールするというのも同じレシピだった。

しかし大まかな路線は似ていても、TRXはオフロードモデルのエンジンをベースとしたテイスティモデル、スズキはハイパワーのじゃじゃ馬ビッグツインという個性を放っていたのに対して、ホンダはホンダらしく、質実剛健な作りをしていたといえよう。

ビッグツインというアクの強い乗り物を誰でも恐れることなく乗れるように作り込んだのはさすがホンダ。
開発者のインタビューで「やはり本流は4気筒。ツインはいくら力を入れて作っても門外漢なんです」という話があったが、その門外漢を幅広い人に提案してくれたVTR1000FはTRXに比べれば格段にモダン、それでいてドゥカティやアプリリア、スズキに比べれば圧倒的にフレンドリー。
ややもすればちょっとゲテモノ扱いされてしまいそうなビッグツインを臆することなく楽しめるように作り上げられたのがVTR1000Fだったのだ。

前期型と後期型

VTR1000Fが国内デビューを果たしたのは1997年のこと。
トータルバランスに優れていたと先述したが、コンセプトとしてはエキスパートライダーに向けたスーパースポーツモデルだった。

それまでの国産のビッグツインはクルーザー系に搭載されることがほとんどで、低回転域の鼓動感はあっても高回転域のパワーに乏しいことが多かったため、ホンダでは水冷DOHC4バルブのパワフルなスポーティVツインを作るべく新開発。
エンジン内はスカートレスピストンやナットレスコンロッドといった新たな技術を投入し、また車体もサイドラジエターやピボットレスフレームなどを採用して4気筒に比べると高く、長くなってしまうVツインエンジンを使いつつもコンパクトな仕上がりとするための各種技術を駆使したのだった。

これらチャレンジにより輸出仕様のエンジンの最高出力は110馬力に届き、ビッグツインならではの低回転域でのトルク特性と合わせて4気筒とはまた違ったスポーツの魅力を提案した。
国内仕様は当時の自主規制の関係上93馬力に抑えられての展開となったが、それでも常用域での蹴り出し感や個性はライダーにとって新しいものであり、十分なアピールがあったのだった。

VTR1000Fは大きなモデルチェンジを行わずにモデルライフを駆け抜けたが、2001年に1度だけマイナーチェンジを行っている。
主な変更はタンク容量の増大とハンドル位置変更であり、これがそのまま初期型の弱点と言えよう。

というのも、VTR1000Fはその高性能と引き換えにあまり燃費の良いモデルとは言えなかったのにもかかわらず、タンク容量が16Lしかなかったのだ。
VTR1000Fはその汎用性の高さからツーリングに使う人も多く現れ、そうなるとワンタンクの航続距離に対する要望と、そしてもう少しポジションも快適にならないか、というニーズがあったわけだ。
たった一度のマイナーチェンジはまさにこの2点へ対応。タンク容量は2L増量され、ハンドルも16mm上げられたのだ。
この他にも、盗難防止システムHISSの採用や、サブタンク付きのフルアジャスタブルリアサスの採用、時計機能付きの多機能デジタルメーターの採用など細部がブラッシュアップされた。
細かい部分ではあるが、このマイナーチェンジによってVTR1000Fはグッとモダナイズされ、さらに幅広いシチュエーションで使いやすいモデルになった。

試乗を振り返る

最初に乗ったのはVTR1000Fデビューの時。
ツインリンクもてぎ(今のモビリティリゾートもてぎ)で一般向け試乗会があり、まだこの業界に入っていなかった若き筆者が北ショートコースでこのバイクに乗った。
まだ大排気量の経験が乏しかったにもかかわらず、コンパクトでスリムなVTR1000Fは「何とかなりそう」と思ったもので、元気にコースインしていったらまるで耕うん機かのような怒涛の低回転域トルクと、爆発一つ一つでグングン蹴り出される感覚にのけぞったのをよく覚えている。
4気筒のように低回転域ではおとなしく走れて、高回転域まで使わなければビギナーでも怖い思いすることはない、という感覚とは真逆。
クラッチを繋いだ瞬間から「すげぇ!!」を浴びさせられる感覚だった。

時は変わって、最近では2年ほど前だろうか、初期型VTR1000Fに乗る機会を得た。
リッタークラスでありながら今のバイクと比較してもスリムで、気軽に接することができる印象。
VTR1000Fに限ったことではないが90年代のバイクらしくシートが低めで足つき良好、車体全体の重心が低く感じられて走り出す時のハードルが低いのが嬉しい。

若き自分がのけぞった低回転域トルクは、経験からかあるいは他のビッグツインが激しさを増したせいか、そんなにのけぞることなくむしろ気軽にクラッチミートをさせてくれた。
説明文でも書いた通り、まさに「優等生」。ドゥカティやアプリリアのようなアクの強さはなく、ビッグツインだからと言って構える必要はない。
スリムなタンクをキュッと挟み込み、しっかりフロントホイールを意識できる垂れ角のあるハンドルを握ると、時代を遡ってブロス650やSRX600のような、スリムさと切れ味でスポーツを楽しむ感覚とリンクした。

スムーズに走り出したとはいえ、ビッグツインの個性は薄れていない。
アクセルを大きく開ければ回転域を問わずに怒涛の加速を見せてくれるし、特にワンディングではコーナー脱出で深いバンク角からこの強大なトルクを活用して鋭く脱出していくのは本当に快感だ。
見た目にも強そうなアルミフレームではあるが、しなやかな正立フォークのおかげかピボットレスフレームのおかげか、車体からのインフォメーションは豊富でぶっきらぼうな印象は皆無。
人車一体となって夢中でスポーツに没頭でき、なるほどこれならエキスパートライダーも本気で楽しめる、と実感した。

一方で高速道路に上がると、今の感覚では93馬力の国内仕様は高回転域がマイルドと感じる場面もあった。
ワインディングで使うトルクバンドの先、DOHCらしく元気に弾けるかと期待した領域はフラットにフケ切る印象で、ここが輸出仕様との17馬力差の部分なのだろう。
もっともこの領域を使うことは国内の公道環境ではまず考えにくいためそれが不満になる場面はなかったのだが、しかし同時にVTR1000Fが盛り上がっていた当時NTTカラーで鈴鹿8耐に参戦してことを鮮明に覚えている身としては、VTR1000Fを入手したならやはりサーキット走行会なども走りたいと思いそう。
そうなるとやはりフルパワー化など、そんなイタズラに手を出すことになりそう。それも楽しいわけだが。

2025年現在、VTR1000Fは絶版車の中では比較的求めやすいモデルだと筆者は思う。
90年代後半のホンダ車らしく、これだけ時間が経っていてもヤレが少ないしエンジンに関しては走行距離がかさんでいる個体でも雑音が少なく、ホンダらしい緻密なメカニカル音を発しているものが多い印象を受ける。
車体もサスペンションも今の目で見て十分機能するし、タイヤサイズは今も一般的なフロント120リア180。
様々な角度から見て、なかなかオイシイモデルなのだ。

筆者のように当時を懐かしむ人ならば、綺麗な後期型(あわよくばフルパワー)を根気よく探して愛でるのが良いだろう。
楽になったポジションと容量が増えたタンクで、当時に思いを馳せながらのツーリングも楽しめるはずだ。しかしそんなに思い入れのない人でも、大排気量マシンで気軽にスポーツがしたいという人はリーズナブルな初期型を入手して、フルパワー化や各種カスタムを施せば今でも十分にスポーツを楽しませてくれる選択肢である。

フロント周り


φ41mmのインナーチューブを持つ正立フォークに、対向4ポッドキャリパーのダブルディスクブレーキ。タイヤは120サイズと今でも選択肢は豊富だ。


精悍な顔つきはスリムなVツインをアピールする。発売当初のカラーはレッドとシルバーの2色。
トラスフレームにハーフカウルという組み合わせがビッグツインのスタンダードだったが、VTR1000Fはサイドラジエターとしていたためそのラジエターを覆うように下の方まで伸びたカウル形状となっていた。

タンク


スリムでニーグリップがしやすいタンクも手の内感を持たせてくれるポイント。しかし初期型の16L容量はツーリングには厳しかった。後期型で18Lに改められた。

エンジン


新設計のVツインエンジンは水冷DOHCでスカートレスピストンを投入するなど、4気筒を得意とする国産メーカーがVツインでもハイパフォーマンスなモデルが作れることを誇示するような本気度合い。
輸出仕様では110馬力を発揮し、また2000年に追加されたワールドスーパーバイク用ベースマシンVTR1000SP-1では136馬力に届いている。

テール周り


スリムなフロント周りに対して、左右に張り出しているテールカウルは当時のトレンドか。
今のミニマルなテールセクションに比べると荷物の積載に有利という面も。

リア周り


スイングアームが直接クランクケースに接続されているピボットレスフレームは後のCBR929RRや954RRにも採用された技術。
コンパクト化や軽量化だけではなく、リア周りからの挙動を直接ヘッドパイプに伝えないという利点もあったという。
リアタイヤサイズは一般的な180幅。ハイグリップタイヤ/ツーリングタイヤ、現代のタイヤが選び放題である。

筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最王手「ミスターバイクBG」編集部員を経たフリーランスジャーナリスト。現在も絶版車に接する機会は多く、現代の目で旧車の魅力を発信する。青春は90~00年代でビッグネイキッドブームど真ん中。そんな懐かしさを満たすバンディット1200を所有する一方で、最近はホンダの名車CB72を入手してご満悦。