リアル90年代を知っている人からすると「なんであのSW-1が人気なの??」と驚くかもしれないが、今や一部熱狂的ファンのおかげで絶版名車として取引されているSW-1。
その価格はもはや異例に高かった新車価格を超えることもあるのだ。
定期的に独創的なデザインをぶちかますスズキらしい一台といえる。

SUZUKI SW-1

レプリカの後に、何をしようか…

80年代から90年代にかけて、いわゆるバイクブーム/レプリカブームが爆発的に起きたことで、そのあとに何をしようか……というのが各社にとっての悩みどころだった90年代初頭から中盤。
一つの回答がカワサキのゼファーのデビューであり、超高性能からの揺り戻し効果なのか、これが大ヒット。
のちに各社とも参入するネイキッドブームへと発展する。

一方で、ほかのアプローチはないのか、という取り組みもあった。
例えば本連載でも紹介したことがあるヤマハのR1-Z。
性能も犠牲にはしていないが、バブリーな80年代から抜け出したお洒落さを纏ったバイクだった。

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そして今回のSW-1は1992年の登場。カワサキのテイスティシングル「エストレヤ」やヤマハの「SRV250」も同年発売だ。
変わらず売られ続けてきたヤマハSRのような、普遍的でありながら、かつ「新しい何か」が追求された時期だったのではないだろうか。

服のように

SW-1の一番のトーキングポイントは、やはりデザインだろう。

89年の東京モーターショーにコンセプトモデルが登場した時に、ディッシュ形状に近いホイールやディープなフェンダー、フロント周りはカバード形状でカブのようなレッグシールドを備え、かつての英国の実用車のようなイメージだった。
また、リア回りは横にトランクスペースがあり、こちらはどこかベスパなどイタリア車も連想させ、そしてベージュ色も派手なレプリカモデルたちとは一線を画す落ち着いたオシャレさを持っていた。

このデザイン、実は四輪のパオやフィガロを担当した人と同じ人物によるもの。
なるほど柔らかな曲線などイメージが似ていることに気づかされる。
ちなみにコンセプトモデル時点ではエンジンはVツインを搭載していたのだから、当初はより排気量も大きい設定だったのかもしれない。

コンセプトとしてはこれまでの走り一辺倒の世の中から脱皮するように、「ヒューマン・ウェア」とされた。
バイクという特別な乗り物による特別な体験をするのではなく、服を着るように、ナチュラルに接することができるバイク、ということだ。

ちなみに、ほぼ同じ時にデビューしたホンダのジョルノともデザインはよく似ているように思う。
柔らかな曲線で構成された、どこかクラシカルなデザインという共通性が面白い。ジョルノは大ヒットモデルとなったのだったが。

徹底されたフルカバード実用車

ルックス的にかつての英国の実用車やベスパ的と書いたが、実際に各部の作り込みも実用車的なテイストが強い。

エンジンはコンセプトモデルのVツインではなく市販車ではDR系の空冷シングルを低中速域を扱いやすくチューニングして搭載。
ミッションはボトムニュートラルとし、またシフトペダルはカブのようにシーソー式とすることで革靴での乗車も可能に。
さらにシングルにもかかわらず2本出しのサイレンサーで静寂性に優れ、駆動はクリーンでサイレントなベルトドライブとしていた。

またリア左右のトランクスペースに加えてタンク部分もトランクとしていたのも特徴。
たくさんの収納スペースを確保し、燃料タンクはシート下へと配置していた。
こんな豪華な車体を実現したおかげで車両重量は乾燥で168㎏と重かったのだが、フロント16、リア15インチという小径ホイールを採用したことで低重心を追求。フルフラットのシートと相まってタンデムも十分に考慮されたのだった。

ルックス的にはオシャレさがアピールされているものの、その実、かなりの実用車でもあるSW-1。
「都市から自然の中へのライトクルージング」という文もコンセプトの中にあるのだが、まさにそういったイメージ。
トランクスペースにステキなピクニックを詰め込んでタンデムデートに出かけたくなるような構成なのだ。

価格設定の難しさ

SW-1は発売当初はよく売れたモデルではなかった。
コンセプトモデルが登場してから実際に発売されるまでが長く、激しく移り変わっていた世の中に取り残されたという部分もあっただろうし、市販版はVツインではなく250㏄シングルになっていたというのもあるだろう。
あるいはこんなオシャレなバイク、世の中がまだうまく飲み込めていなかったのかもしれない。しかし何よりも価格が高かったのが一番の難しさだった。

当時の250㏄クラスを見回すと、ベースエンジンを共有するDR250Sが45万4000円、VツインのSRV250が44万9000円、エストレヤが45万円。
そんな中でSW-1は68万8000円だったのだ。
同じ価格帯にはホンダのCB750(68万9000円)やゼファー750(66万5000円)があったのだから、この斬新な新型オシャレ実用車はナナハンクラスと同価格帯だったというわけだ。

これら要因でSW-1は一部裕福なオシャレさんに支持はされたものの、販売は振るわずに短命に終わってしまった。
短命ゆえに台数が少なく、それが今絶版車として注目されている要因にもなっている。

しかしスズキはSW-1の教訓を生かしてか、95年にはボルティを発売した。
SW-1と同系列の空冷シングルを極ベーシックな車体に搭載し、なんと29万8000円というプライス設定。
こちらは大変によく売れたし、それこそ実用車として広く愛された。

そしてさらにはグラストラッカーなどにも発展し、さらにこのエンジン当初の4バルブから2バルブ化し、インジェクション化などを経て、ST250へと進化を続け、良きスタンダードマシンとしてロングセラーとなった。
価格設定一つで売れ行きは大きく左右されるという好例だとは思うし、ボルティ系列の大成功こそが、「スズキはリーズナブル」というイメージにもつながっていったのではないかと思う。

また面白いのは、2004年にはこのST250にレッグシールドやフェンダーを付けたEタイプなるものが限定で登場したこと。
これは完全にSW-1をイメージしたデザインであり、当時既にSW-1が絶版車として人気だったことを示してくれる。
SW-1のデザインが好きならば、より年式が新しく安心して乗れるこのST250Eタイプを探すというのも手ではあるが、逆に本家SW-1よりも残存数は少なく、探すのはかなり苦労することだろう。

試乗を振り返る

実物を目にするとかなりボリューミーな体躯に、たとえ250㏄といえども「乗れるかな?」と感じる人もいるかと思う。
リア回りにトランクがあり張り出していることもあって、またがるのに「よいしょ」感があるのだ。

ところがまたがってしまうとスポッと腰回りがハマる感じがあり、ステップに足をのせるとレッグシールドの後ろにきれいに潜り込む感覚で一層一体感を得られる。
シート高は低く感じるし、小径ホイールのおかげもあってか重心が低く重めの車重も気にならないのだ。

走り出すとその感覚はまさにボルティ。普通の空冷250㏄シングルの力感で、速いとかドラマチックとか、そんなことは一切ない。
ベルトドライブであることも手伝っているのだろう、とにかくスムーズで、先述したようにまさに「実用車」といった感覚。
メーターやタンクに目を落としてそのオシャレさを確認せずに乗ったならば、ホンダのCD250UやヤマハのYD250Sといったビジネスモデルを連想する。

ハンドリング…を語るほどのこともないだろう。どこまでも「普通」なのである。
どっしりと構えてどこまでも淡々と走れそうな感覚は、実際には試していないもののタンデムでもきっと楽しいだろうと想像させてくれた。

バイクらしい機敏さやスポーツという観点から完全に切り離された世界。
思えば現在、そんなバイクがあるだろうか。
こんな大いなる普通がオシャレにパッケージとなっているのが、今も変わらぬ人気の理由だろう。

フロント周り


専用の3本スポークホイールにシングルディスク。
フロントホイール径は16インチとして重心を下げている。
コンセプトモデルではさらに深いフェンダーやフォークブーツがついていたが市販版ではそこは省略。
カスタムでフォークブーツをつける人も多かった。

メーター


左に燃料計、中央にスピード、そして右側にキーを差し込むデザインのメーターは今見てもモダン。
現行のロイヤルエンフィールド系にも通じるデザインだ。

タンク


通常のタンク位置はラゲッジスペースとなっているのだが、中央にフレームが通っているためメットイン的な広い構造ではなく、左右にモノが入れられる小物入れ的な使い方となった。

レッグシールド


ウインカーが埋め込まれたレッグシールドはカブのようにペラッとしたものではなく、しっかり後ろ側にももう一枚パーツが取り付けられた、厚みのある立体的なもの。存分にコストがかけられていることがひしひしと伝わってくる。

シート


ライダー側とタンデム側がフラットで、しかも十分なクッションを確保しているのは後のST250にも通じるコンセプトか。
タンデム側のステップはステップボードとなっていることもあり、タンデム走行はかなり意識して作られていたようだ。
ただトランクスペースが張り出しているためまたがるのは大変そう。

テール


テールカウルに4つのウインカーが埋め込まれているデザインが大変にかわいい。
テールランプは下部の黒い所と一体となっているのもまたスマート。
駆動はベルトドライブとすることで、スムーズで静かな走りだけでなく、美しいボディワークにチェーンオイルがはねないなどクリーンさを追求。
2本出しのサイレンサーがシンメトリーでまた美しい。

筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最王手「ミスターバイクBG」編集部員を経たフリーランスジャーナリスト。現在も絶版車に接する機会は多く、現代の目で旧車の魅力を発信する。青春は90~00年代でビッグネイキッドブームど真ん中。そんな懐かしさを満たすバンディット1200を所有する一方で、最近はホンダの名車CB72を入手してご満悦。