バイクのメンテナンスに欠かせない“トルク管理の重要性”を考察
公開日:2025.09.22 / 最終更新日:2025.09.22

ボルトやナットやビスなど、一般的に「ネジ」と呼ばれる締結素材は適切に締め付けることが必要です。
一口に“適切”といっても、締め付け力が弱ければ使用途中で緩み、過大な力を加えればネジや部品にダメージを与える場合もあります。
ネジの太さや締め付け相手の素材、ネジの種類や使用箇所によって締め付ける力は異なり「とにかく力いっぱい締めれば良い」わけではありません。
本記事ではバイクのメンテナンスや整備作業におけるネジの締め具合=トルク管理の重要性について解説します。
ボルトやネジを締める際の「トルク」ってそもそも何?
雄ネジと雌ネジの組み合わせによる部品の締結は、接着や溶接などの恒久的接合とは異なり、任意に分解組立できる利点があります。
そのため、数多くの部品で構成されるバイクや自動車の組み立て工程では、溶接やリベットと並びボルトやナットやビスなど、いわゆる「ネジ」を使った締結が採用されています。
ネジはそれ自体の座面が対象物に接触し、工具で適切な締め付け力を加えることで締め付け力を発生します。
ネジに加える力が弱ければ振動や摩擦によって簡単に緩むため、緩まないだけの力で締め付けなくてはなりません。
しかし緩みを恐れて過大な力を加えると使用するネジや対象物を破損したり、逆に充分な締め付け力を得られないこともあります。
弱すぎず強すぎず、ちょうど良くネジを締める際に重要なのが「締め付けトルク」です。
ネジに加わる締め付けトルクは次の式
T=F×L
・T:トルク(N・m)
・F:加える力(N)
・L:力点から回転中心までの距離(m)
で表すことができます。
トルクとはネジに加わる力のことですが、この式が示すように加える力が同じでも力点から回転中心までの距離、つまり工具の長さが変わることでネジに加わる力は変化します。
具体的にはレンチの長さが2倍になれば、加える力が同じでもトルクは2倍になります。
また、ネジの取り付け場所によって短いレンチしか使えない場合、長いレンチより大きな力を加えなければ必要な締め付けトルクが得られない場合もあります。
きつく締め付けられたボルトやナットに対して、ロングタイプのメガネレンチや柄の長いスピンナハンドルを使うと緩みやすくなるのは、距離が増すことで発生するトルクが増えるからです。
適切な締め付けトルクはネジの太さや素材によっても変化します。
細いネジは太いネジに比べてネジ山が浅いため、過大なトルクでナメやすくなります。
またアルミニウムは鉄より柔らかいため、締め付けトルクは小さめでなくてはなりません。
このように常に力いっぱい締めるのではなく、適切に使い分けることが重要です。
ボルトやナットを締める際、それらが取り付けられた場所によって使用できる工具の全長が異なる場合がある。工具箱から取り出した10mmのレンチの長さに極端な差がある場合、締め付け作業に注意が必要だ。
T=F×Tの式から、短いレンチで大きな締め付けトルクを得るには加える力を大きくしなくてはならない。
レンチの長さが2倍になれば、加える力が同じでもボルトに加わるトルクは2倍になる。短いレンチで加えるトルクでちょうど良ければ、加える力を半分にしないとオーバートルクになってしまう。
素材によっても締め付けトルクの調整が求められる。鉄より柔らかいアルミ製パーツにボルトを締める場合、トルクを弱めなければならないかもしれない。
良かれと思って壊してしまうこともある!? トルク管理の重要性
バイクの各部で使用されるボルトやナットには、ネジ径に応じた標準的な締め付けトルクがあるのに加えて、バイクメーカーがサービスマニュアルなどで締め付けトルクを指定している場合もあります。
ホンダCBR250R用サービスマニュアルの整備情報に記載された締め付けトルクの例。ネジ径がM8でも、締め付け箇所によって27N・m、22N・m、20N・mとトルクが使い分けられている。
「そんな僅かな違いは誤差の範囲でしょ」とグイグイ締めるか、トルクレンチで締め分けるかは考え方次第だが、事実としてメーカーは適宜使い分けを行っている。
カワサキゼファーχのカムシャフトホルダーは4本のボルトでカムジャーナルを押さえている。4本の締め付けトルクにバラつきがあれば、ジャーナル部分にフリクションロスが発生する恐れがあるため、メーカーが指定する締め付けトルクで締めるのが望ましい。
このように締め付けトルクを細かく指定するのは、締め付け部分の機能性、ひいてはバイクの性能を正しく引き出すためです。
例えばクランクシャフトやカムシャフトなどの回転部分のホルダーを過大なトルクで締めると、部品が変形してフリクションロスが生じて滑らかな回転が阻害される場合があります。
また、エンジンオイル交換時にドレンボルトをオーバートルクで締め続けると、雌ネジがナメて締まらなくなり、オイルパンやクランクケース交換といった重大なトラブルにつながることもあります。
鉄製であることが多いドレンボルトに対して、クランクケースやオイルパンはアルミ製が一般的なので、ネジを締めすぎたダメージがエンジン側に及ぶことが多いためです。
締め付けトルクが指定されていない一般ネジの締め付けトルクは、ネジ径によって定められている。画像はスズキGSX1100Sカタナのサービスマニュアルに掲載されたトルク値で、一般ボルト(無印または強度表示4)と強力ボルト(強度表示7)で明確に異なる。
同じくスズキGSX1100Sカタナのリヤブレーキキャリパーボルト。ネジ径はM10で頭に7の浮き文字がある強力ボルトなので標準締め付けトルクは49N・mとなるはずだが、サービスマニュアルでは38N・mが指定トルクとなっている。
逆に、締めすぎによる破損を恐れて指定トルクよりも緩い力しか加わっていなければ、締結に必要な締め付け力が得られず、走行中に部品が脱落する恐れもあります。スプロケットやブレーキにまつわるボルトナットの締め付け不足は大事故に直結するため大変危険です。
こうしたトラブルを避けるため、バイクメーカーは車体各部のさまざまな部品を固定するネジに対して適切な締め付けトルク、つまりトルク管理を指示しているのです。
適切な締め付けトルクでネジを締めるにはトルクレンチが不可欠

ネジのサイズや使用箇所ごとによって、またネジ径によって標準的な締め付けトルクが指定されている場合、それに従うことが作業上の大前提となります。
「緩まないように強めに締めておけば大丈夫だろう」というのは、新たなトラブルの原因となるため避けるべきです。
ネジの締め付けトルクを管理するには、先に紹介したT=F×Lの式から工具の長さと加える力を調整することもできますが、実際の作業ではトルクレンチを使用するのが一般的です。
トルクレンチはネジの締め付け作業で使用する作業工具であるとともに、金尺やノギスのような測定機器の一種でもあります。
スパナやメガネレンチやソケットレンチは作業者の手加減次第で締め付けトルクが増減します。
これに対して本体内部にトルク測定機能を内蔵しているプレセット型トルクレンチは、締め付けトルクが設定した値に達するとクリック音や振動で作業者に知らせるため、締め付け不足やオーバートルクを避け適正トルクで作業できます。
細かいことを言えば、ネジ部や座面のコンディションや潤滑状態などの条件が測定結果に影響を与えることもありますが、何にも頼らず手の感覚だけで締めるよりも遙かに正確な作業が可能です。
トルク検出方法や通知方法でいくつもの種類に分類できるトルクレンチ

ネジを締める際のトルクを測定するトルクレンチには、機構や機能によっていくつかの種類があります。ここでは代表的なものを紹介します。
プレセット式
トルクレンチと聴いて一番ピンと来るのがこのタイプでしょう。
測定するトルク値をあらかじめレンチにセットして(だからプレセットと呼ばれる)ネジを締めることで、カチッという音や振動が生じて設定値に達したことを知らせます。
トルク設定はグリップを回して行うのが一般的で、主目盛りと副目盛で設定する製品や、数値を直接読み取って設定する製品があります。
一度設定したトルク値は次に変更するまで変わらないので、カムシャフトホルダーやクランクケースカバーのように同じサイズのネジがいくつもあるような場面で、音や振動を頼りに締め付けできるので作業効率がアップします。
また、このタイプのトルクレンチのヘッドの多くはラチェット機構付きなので、レンチ自体を掛け替える手間がなくボルトやナットを連続的に回すことができるのも特長です。
プレセット式トルクレンチの一例。トルク設定は数字タイプと主目盛りと副目盛りを合わせるタイプがある。
主目盛りと副目盛りを合わせるタイプは、レンチ本体の主目盛りに対してグリップ部分の副目盛りを回して目的のトルクを設定する。画像の場合、主目盛りの5.0と7.5N・mの間で副目盛が2.00N・mにあるので設定トルクは7.00N・mとなる。
プレセット式トルクレンチの中には、グリップ後端のリングを回すとトリップメーターのように数字が回転して設定できる製品もある。
設定トルクに到達するとカチッという音とグリップに振動が伝わるため、目盛りが見えなくても測定できるのがプレセット式の特長だ。
プレート式
プレート式トルクレンチは、ネジを締めた際の本体軸部のしなりをトルクとして表示するのが特徴です。具体的にはトルクを加えることで扇状の目盛りが移動して、目標とするトルク値に達したら締め付けを終了します。
プレセット式のように設定トルク到達を知らせる機能はないため、締め付け作業中は常に目盛りを確認することが必要で、レンチ本体が裏向きになって目視できない状況では使えません。
その反面締め付けトルクが常に見えるため設定値に至るまでの過程を確認でき、一般的に右回りの締め付けトルクだけでなく左回りのトルクも測定できる利点があります。
プレート式トルクレンチは指針の位置が一定で、ネジを締め付ける際に生じる本体のしなりによって目盛りが移動する。
この場合500kgf・cmで約50N・mとなる。ナットを締める力を弱めると本体のしなりがなくなり指針はOに戻る。プレセット式は設定トルクにならないと通知されないが、プレート式は締め付け過程のトルクも分かるのが特長だ。
デジタル式
設定トルクに接近したことを音や光で知らせてくれるのがデジタル式トルクレンチです。
このタイプは本体軸部のしなりを電気的なセンサーで測定してトルク値に変換して表示しており、プレセット式のようなスプリングやカムといったメカニカルな機構は内蔵していません。
デジタル式ならではの特長としては、頻繁に使用するトルク値をメモリーとして記憶できたり、締め付けたボルトのトルク値を記憶したり、暗い場所や表示部分が見えない場所でも音や光で設定トルク到達を知ることができるといった多機能ぶりが挙げられます。
デジタル式の一種であるトルクアダプターは、アダプター自体に加わる軸力を測定してトルクとして表示する。
そのため表示トルクはハンドルの長さによって増減することがなく、ラチェットハンドルやスピンナハンドルなど、どんな工具で回しても正しいトルクを測定できる。
プレセット式トルクレンチの使い方
次に最もポピュラーがプレセット式トルクレンチの使い方を紹介します。
測定の前提として知っておきたいのは、トルクレンチはソケット差込角の違い(1/4インチ、3/8インチ、1/2インチ)や測定範囲によっていくつもの製品があり、小さなトルクを測定するためのレンチは全長が短く、大きなトルクに対応するレンチは全長が長くソケット差込角も大きくなります。
そのためどれか1本を購入すればすべて測定作業が可能になるわけではありません。
エンジン作業で使いたいのか、ブレーキやサスペンションまわりの作業で使いたいのかによって、選択すべきトルクレンチ自体が異なるので注意が必要です。
1 測定値に応じたレンジのレンチを選定して締め付けトルク値を設定する
サービスマニュアルを確認して、締め付けるねじの指定トルクを確認します。ここでサンプルとして使用するスズキGSX1100Sカタナ(GU76A)のフロントブレーキキャリパーブラケットマウントボルトの指定トルクは38N・mなので、使用するグリップ後端のダイヤルで38N・mに設定します。
グリップエンドにあるアジャスターを回してトルクを設定する
サービスマニュアルに従って設定したらアジャスターをロックする
2 グリップの中心部分を握る
トルクレンチで正しく締め付けトルクを測定するには、回転中心となるネジ部分から力点となるグリップ部分までの距離が重要です。グリップ部分の幅は100mm程度であることが多いですが、前端を握るか後端を握るかで力を加える位置が100mm変化するため、一般的なトルクレンチはグリップ部分の中心に力を加えて回すように指示されています。
多くのトルクレンチはグリップの中心から先端までの長さでトルクを設定しているので、中心部分に中指を添えて握る。
中心を外して握ると、カチッという通知と実際の締め付けトルクに差異が生じる場合がある。中心より後端部を握ると回転中心=ネジに伝わるトルクが大きくなるため、設定値よりも実際には低いトルクで通知されてしまう。
3 一定の速度でスムーズに動かす
一般的なプレセット式トルクレンチには内部にコイルスプリングとコマ、ラチェットヘッド根元の首部分が内蔵されており、締め付けトルク設定値に達するとスプリングで押しつけられたコマが倒れてカチッという音と振動が発生します。
締め付けトルクが大きくなるとスプリングを圧縮する力も大きくなり、一定の速度で圧縮することで正しい測定値が得られます。締め付けトルクが強いネジを締める際に、グリップに勢いよく力を加えるような使い方をすると正しく測定できない場合もあるので注意が必要です。
グリップとボルトの間に手を添えると余計な支点となり測定値に影響を与える可能性があるため、ラチェットヘッドやソケットには触れないようにして締め付けを行う。
4 トルクレンチの「カチッ」は一度だけ
一定の速度でレンチを動かして「カチッ」という音がした後で、2度3度と「カチッ」音を鳴らしている人もいるようですが、プレセット式トルクレンチのクリックは1度だけにするのが正解です。
確認のつもりで複数回カチカチとやると、最初に測定したトルク値よりも実際の締め付けトルクが大きくなります。トルク上昇の割合はレンチの測定範囲や製品によってまちまちですが、10%以上強く締め付けられる例もあります。これではトルクレンチを使って締め付ける意味が薄れてしまうので、1回のクリックで測定を終了しましょう。
5 設定した測定値を最低値に戻す
コイルスプリングを圧縮して測定トルクを設定するプレセット式トルクレンチは、使用後に設定値を最小に戻します。これはスプリングに加わる圧力を抜いてヘタリを防ぐためです。
トルク設定状態でもスプリングに荷重が掛からない、板バネを使用する一部のトルクレンチ(スタビレー製など)は最小値戻しが不要ですが、大半のプレセット式は最小値に戻してから保管しましょう。
作業内容によって変わるトルクレンチ選びの注意点
トルクレンチは欲しいけど、どのような観点で選べば良いのか分からない人のためにいくつかのヒントを列記します。
トルク測定範囲を決める
バイク各部の指定トルクは10N・mから100N・mまで幅広く、1本のトルクレンチですべてをカバーすることは(ほぼ)できません。
何度か触れましたがプレセット式トルクレンチ内部にはコイルスプリングがあり、測定トルクが小さいレンチはスプリングが弱く、大きなトルクを測定できるレンチや強いスプリングが使われています。
製品によってちまちですが、例えば10~50N・mと30~80N・m、50~150N・mのように測定範囲が設定されている場合、使用するトルクレンジに応じた選び分けが必要です。
プレセット式かプレート式かデジタル式のどれを選ぶか
シンプルなプレート式には機械要素がないためトラブルの心配がなく、左右どちらのネジにも使えて締め付け過程が目視できる利点があります。しかし設定値に達しても知らせる仕組みもないため、使用時は目盛りを目視していなければなりません。
もっとも普及しているプレセット式は音やクリック感で締め付け完了を知ることができ、レンチ本体を見ていなくても締め付け作業ができるのが特長で、安価な製品も多数あります。
しかし、使用するスプリングの品質や精度によっては、設定値と実際のトルクに差が出ることもあるので注意が必要です。また経年変化によってスプリングの張力が低下する可能性もあります。
信頼できる有名メーカーの製品や、リーズナブルな製品の中でも出荷前の検査表が同梱されているレンチの中から、トルク設定のしやすさやラチェットヘッドのサイズなどを基準に選択すると良いでしょう。
スプリングの経年劣化に対応したメンテナンスや校正が可能かどうかも、製品選びの参考になるので、購入前に確認しておくことをお勧めします。
デジタル式は充実した機能が特長です。また主目盛りと副目盛りを合わせてトルクを設定するプレセット式に比べて、設定したトルクをボタン操作で呼び出せる手軽さも魅力です。
クリック感なくブザーや光で設定トルクを知らせる方法は好き嫌いが分かれるポイントですが、経年劣化するスプリングを使用していない点も見逃せません。
ただし他の2タイプに比べて価格が高価なのは否めません。使用頻度が少ないと、いざという時に電池切れや充電切れですぐに作業に取りかかれないという電気式ならではの弱点もあります。
使用後はケースに入れて保管する
冒頭でも触れましたが、トルクレンチは作業工具でもありますが測定機器としての側面も強い工具です。
どんな工具でも工具箱に投げ入れるような雑な取り扱いはすべきではありませんが、トルクレンチの取り扱いは特に注意すべきです。
プレセット式であれば目盛りを最弱にしてケースに入れて、過度な衝撃を与えないよう保管しましょう。
トルクレンチ選びの基準に戻りますが、ケース無しで販売されているような製品はメーカーの姿勢もそれなりと判断できるので、選ばない方が良いかもしれません。
トルクレンチがあれば「ネジは締めすぎぐらいがちょうど良い」から脱却できる
ボルトやナットやビスにはそれぞれに適した締め付けトルクがあり、それを守ることでバイクメーカーが設定した性能を発揮できるように設計されています。
バイクいじりが好きなライダーなら、ネジ径が細いボルトより太いボルトを強いトルクで締めることは一般的な常識として知っていることでしょう。
しかし、ハンドツールで作業する限り、25N・mと35N・mのトルクを使い分けることはできません。
過去の経験から「そんな細かいことは気にせず、緩まないように強めに締めればたいてい問題ない」という人もいるかもしれません。
ですが、メーカーが締め付けトルクを設定している以上、そこには必ず意図と理由があります。
ネジ径が同じでも標準締め付けトルクとは別のトルクを指定している場合はなおさらです。
そのような場面で「だいたいこの程度でいいだろう」というのでは、本来の性能や機能を充分に発揮できないかもしれません。
アンダートルクやオーバートルクが安心できないのも先に説明した通りです。
トルクレンチがあればバイクの性能が向上するというわけではありませんが、メーカーが意図するとおりの組み立てができるのは確かです。
DIYだからこそ安全安心な作業をしたいのなら、トルクレンチは有効なアイテムになるはずです。







