勝手に指標

  • 秘境感
    ★★★★★
  • 天空感
    ★★☆☆☆
  • 潮風感
    ★☆☆☆☆
  • 爽快感
    ★★★☆☆
  • 根性感
    ★★★★★
  • 開放感
    ★★☆☆☆

人々の営みが織りなす生活絶景
ダムが生み出した屈指の秘境路へ

伊那谷を抜けた天竜川は、南アルプスの懐に抱かれた日本屈指の山岳地帯を貫流する。
牧歌的な伊那谷風景から一変、峡谷状の急峻な山岳風景が迫って来る。

南信と遠州を連絡する総延90kmに及ぶこのルートは、峡谷底部を天竜川に沿ってトラバース。
そこには様々な秘境風景が広がっている。

中でも天竜川沿いの約45kmは、初見殺しの酷道ルート。
連続するブラインドコーナー、飛び出す対向車、浮き砂や落ち葉の舞うタイトコーナー。
一般的初心者ライダーにとっては、かなり精神的ダメージの多い道に違いない。
しかし峡谷底部の秘境感抜群の風景は旅情に浸るには抜群の情景だろう。

この道は主要地方道の割に非常に険しい。
特に現在の一般的な道路規格から考えると“常識外れ”とも言える荒れようだ。
線形も悪く、車両が離合困難な箇所も随所にある。信州と遠州を連絡する重要路なのに一体どうして?


ルート総延の約半分が険道区間ではあるが、長野県内の区間は良線形の2車線区間が多い。
大型マシンでも爽快に走行できる絶好のワインディングの宝庫でもある。

実はこの地域には終戦まで大規模な車道は開通していなかったのだ。
当時交通の主要を握っていたのは鉄道。昭和12年には三信鉄道(現在のJR飯田線)が開通し、信州と遠州は鉄道で直結した。
だが、この時点では県道1号は礎さえ無かった。

しかし終戦後の昭和31年に、当時日本一の規模を誇った佐久間ダムが竣工。
全長30kmにも及ぶ佐久間湖を出現させ、開通して20年にも満たない飯田線は路線変更を余儀なくされたのだ。
大嵐駅より南側の路線は水没し廃線。この事件が県道1号線誕生のきっかけとなったのである。


佐久間ダム建設による水没保障の一環として建設された対岸の県道288号は、落石・土砂崩れが頻発。
静岡県は夏焼集落以南の8193mを廃道として放棄した。
県道288号は分断され、現在は通行可能距離1500mという県道となっている。

結論から言うとこのルートは、佐久間ダムによって生まれたのだ。
水没保障として静岡・愛知両県が道路の開削を要求。
様々な経緯を経た結果、県道1号線は昭和42年、対岸の県道288号は昭和40年に全線供用を開始した。
ここに信州と遠州を繋ぐ車道が完成した訳である。


佐久間ダムは県道1号線ルート上でもあり、天端は走行可能。完成当時は国内1位の規模を誇った。展望も良く、現在は近隣ライダーの集まる定番の場所となっている。

県道1号線の誇るこの悪線形は、ダム湖岸特有のリアス式形状の結果と言える訳だ。
しかし、湖及び天竜川に沿って建設されたルートのため、起伏は極めてなだらか。
線形は厳しいものの、アップダウンの少ない走りやすい地形でもある。

また、標高が低く峠越えがほぼ皆無。おかげで、冬季の信州へ向かうにも凍結リスクの低いルートなのだ。
南信地域は元来積雪が少なく、意外と冬季ツーリングも可能な場合もある地域だが、この県道1号線はよりローリスクで寒季のバイク旅を楽しめるルートだろう。
冠雪したアルプスはまさに感動的。冬の信州へアクセスする穴場的ツーリングルートでもあるのだ。

この地域で最も特徴的な絶景の一つが斜面集落。これは急峻な山腹に階段状に建てられた集落の事だ。
南信の“下栗の里”はその代表例だろう。


長野県天龍村の中井侍地区は特徴的な斜面集落の風景が広がる。
急斜面には民家と共に特産の茶が栽培されており、このルート唯一の展望感抜群の風景が楽しめる。

中井侍地域を代表する、高低差約100mの山腹には多くの集落が連なる。
非常に特徴的ながら、この地域独特の文化と作物を育んできた住民達にとっては、ごく日常のありふれた風景だ。
これは人々の生活が紬ぐ絶景。言わば“生活絶景”なのである。


天竜川峡谷の山腹に位置する夏焼集落は、戦国時代に端を発する大変古い集落だ。
そして、到達困難な“本物の秘境地”。
現在は定住者0人の消滅集落ながら廃村ではなく、維持や整備にてかつての住人達は訪れている。

県道1号線からもその集落風景を遠望できるが、標高の高い集落内へ立ち寄り、下界を見下ろすとそのダイナミックさがよりダイレクトに伝わってくる。
ここは地域住民の生活の場所。地元ライダーも殆ど訪れぬ、観光目線ではある意味“秘境地”だが、この旅のハイライトとも言える、知られざる絶景地なのである。

旅ライダーにとってのバイクは、共に精神をすり減らし垣間見る絶景を共に共感する無二の“相棒”だろう。
苦楽満載。このルートを無事に走破したキミは自分のバイクを一層好きになるに違いない。

この道には、そんな不思議な一体感を感じる魅力が詰まっている。旅情・絶景・原風景…。
このルートの魅力は様々な言葉で表現できるが、旅の楽しさを感じる成分が凝縮された道とも言えるだろう。

しかし冷静に見ると、やはり険しい。交通量も比較的多く、正面衝突のリスクが常にある。
路面劣悪で、悪天候時は池と化すポイントまである。

初心者はゆっくりでも良い。こまめな休憩を取り、この難関険路を安全に楽しんで頂きたい。


夏焼集落へアクセスする夏焼第二隧道は佐久間ダム建設により廃線となった飯田線のトンネルをそのまま流用。
県道288号の一部として生まれ変わった。現在も通行可能だ。

総延約90kmの内、実にその半分は1~1.5車線の険道ルートだ。
しかし、秘境ムードは抜群!冒険感を存分に楽しめる。
また、昭和中期の道路構造物の宝庫でもある。

マップ

  • 35.236159, 137.837722
  • 11
  • 17
  • 5

大きい地図はこちら

  • in-out
  • ビューポイント
  • スポット(レストラン、道の駅、温泉、etc.)

ロードデータ

交通量

険しさは国内屈指ながら、南信と遠州を連絡する主要地方道の上見どころも多く、交通量は意外に多い。渋滞等は皆無ながら、狭窄部では正面衝突のリスクに最大限の注意が必要だ。

路面

長野県側は快走2車線ルートが多いが、静岡県側の路面の痛みは激しく、凸凹や大き目の穴が随所に点在している。湧水で濡れている場所も多いため細心の注意が必要だ。

筆者プロフィール

英俊神田

内外出版社発行、隔月刊ツーリング雑誌“MOTOツーリング”誌のコンセプター兼編集長。“旅人による旅人の為の雑誌”を基本コンセプトに、全国のDEEPな旅ネタを更に深く掘り下げて取材・掲載している。個人的なバイク趣向はオフロード。季節を問わず、主にキャンプを基軸とした旅が中心。冬季北海道ツーリングの常連でもある。バイクと共に温泉もこよなく愛しており、温泉ソムリエの資格を持つ秘湯巡礼ライダーでもある。