バイクの歴史を振り返る雑誌記事を見ると、だいたいはバイクブームの1980年代が2号に渡って紹介されるなど、ボリュームをもって掲載されることが多い。
1980年代の熱気はバイク界だけにとどまらないのはその年代を生きた人にとっては良くわかっていることだろうが、しかし当欄ではその後の1990年代こそ、熱狂の後の洗練と多様化という意味でその面白さにフォーカスしている。
敢えて2号に渡って紹介する1990年代のバイク達、今回はそのパート2として、最高速を求めたメガスポーツ系と、スーパースポーツカテゴリーのスタートを中心に紹介する。

300キロが本当に出るのか?? 「メガスポーツ」というカテゴリーの創出

ZZRからブラックバードへ、そしてハヤブサの出現

1990年代と言えばネイキッドの世代、という話は前号でしたが、もう一つの大きなムーブメントとして最高速を求めた大排気量車たちがいた。
遡ればカワサキのニンジャから繋がってGPZ1000RX、ZX-10と1980年代後半に熟成されつつ最高速も高められ、そして1990年には満を持してZZR1100が登場、本格的に300km/hが見えてきた。

発売当初はZX-10の延長線上のバイクとしてそれほどの注目度もなかったように思うが、しかし雑誌企画などでとても良くバランスされつつ、かつライバルを凌駕する性能が実証されていくと共に、逆輸入車だったにもかかわらずヒットモデルとなっていく。

147馬力という数値は十分に衝撃的で、メーター読みでは300km/hを指すこともあっただろう。それでいてツアラーとして日常的にも付き合えるような優しさがあり、カワサキらしい実力を持った大排気量車として世界を席巻した。

この時、他社にもライバルがいなかったわけではない。1992年にはスズキのGSX-R1100W(水冷)が145馬力で登場し、これは熟成を重ねて155馬力に達しているし、ホンダにはCBR1000Fもあった。
しかしいずれもZZRの牙城は崩せずにいたのだからZZRは本当に凄かったのだ。

やっと現れた好敵手

このZZRを本気で脅かす存在が現れたのはずいぶん後の話で、1997年登場のホンダCBR1100XXスーパーブラックバードとなる。
CBRブランド最大排気量、300キロを実現するエアロフォルム、ZZRを大きく上回る164馬力を発するエンジンは2軸バランサーを備えて快適性も追及していた。
「ホンダが本気でカワサキをやっつけに来た!」という衝撃に1990年代ライダーは沸き立ったものである。

ブラックバードは確かに速く、そしてZZRよりも格段にスポーティだったのだが、惜しむらくは300km/hという扉を(少なくともフルノーマルの状態のままで、実速で)こじ開けることができなかったということだろう。
そしてホンダらしい洗練されたフィーリングは多くのファンを生み大変よく売れたモデルとはなったが、長らく君臨してきたZZRを圧倒できたかと言えば、そうでもなかったようだ。スポーティなブラックバードに対して、実用領域でも付き合いやすい、熟成のZZRはまだまだ魅力を放っていたのだ。

ZZR vs ブラックバードで盛り上がっている所に、1999年スズキがビッグネームを投入した。
ハヤブサの登場である。当時の量産市販車最強の175馬力エンジンをライバルよりも軽い車体に積み、そしてインパクトのあるヌメヌメしたカウルに身を包んだハヤブサは、各誌のテストでミラーも付けたままの完全出荷状態で、メーター読みではなく実測で悠々と300km/hを超えて見せた。

これはZZRとブラックバードが展開していた最高速バトルに終止符を打つような衝撃で、当時青春を謳歌していた筆者は「とうとう300km/h出ちゃったか!」と、このカテゴリーがゴールに達したような感覚があった。そして何よりもハヤブサの特徴的なスタイルに世界中が驚き、そしてじょじょに惹かれていったのだった。

ハヤブサが300km/hを実現してしまったことでこのカテゴリーは一応の目標達成となってしまったところもあるだろう。
2000年代に入ってからもカワサキとスズキは新型を出し続けてくれたが、ブラックバードは残念ながら大きなモデルチェンジをすることなく、国内仕様が投入されツアラーとしての道を選んだし、ヤマハはついにこのカテゴリーに本格参入することはなかった。

今に続く「スーパースポーツ」の幕開け

軽い900ccがあっても良いじゃない

1990年代に入った時には既にZZRが超高速域という魅力を発信していたが、同時に750cc以上のバイクは重量もあって、ツアラーテイストな構成となっていることが多く、ある意味750ccクラスとの住み分けともなっていた。
GSX-Rが好例で、750は純スポーツ、1100はツアラーテイスト、と作り分けられていたし、カワサキもZZRとは別にZXR750というスポーツモデルを持っていた。

しかしホンダはこの排気量枠にとらわれずに、大排気量のスポーツバイクがあってもいいのではないかと、1992年にCBR900RRを投入した。
当初は750ccとして開発されていたおかげでコンパクトな車体の乾燥重量は185kgに抑えられ、パワーは124馬力と、軽量ハイパワーな新たな大排気量スポーツバイクが提案され、世界中で大ヒットとなった。

CBR900RR「ファイヤーブレード」は1996年に排気量を918ccへと増やし1998年にはパワーも130馬力へと伸び、さらに軽量さにこだわったゆえにこの型では乾燥重量が180kgとなっていた。

これに対するカワサキの答えが1994年登場のZX-9R。これはZXR750ベースのエンジンを899ccにしたもので、パワーは139馬力とCBRを上回ったものの、乾燥重量が215kgとCBRよりもかなり重く、運動性という意味では譲ったと言えるだろう。
ただ1998年のフルモデルチェンジでは35kgも軽量化されCBRと同等の183kgとなり、パワーも143馬力へ。
それでいてグラブバーを備えるなど実用領域にも配慮しているあたりがカワサキらしい。

ファイヤーブレード以来の衝撃、「R1」の登場

大排気量同様にホンダvsカワサキ、といった様相で進化してきたこの大排気量スポーツ≒スーパースポーツモデルの元祖モデルたちは、1998年にヤマハからYZF-R1が登場していよいよ本格的に「スーパースポーツ」へと変わっていく。

900ccという誰が決めたわけでもない排気量のくくりを打ち破り、ヤマハは1000ccで150馬力、177kgというスペックをひっさげR1をデビューさせた。
コンパクトなエンジンと、ハイパワーを路面に伝えやすい長いスイングアームも特徴で新時代のスポーツ性を獲得していたが、コンセプトはファイヤーブレードと近しく「あくまで公道で楽しくスポーツする」ためのモデルだった。
しかし倒立フォークやフロント17インチといった装備を含め、後にレースでも活躍していくスーパースポーツカテゴリーの出発点であったことは間違いなく、この後は他社も1000ccのスポーツバイクを展開していくこととなった。

門外漢が瞬間風速を記録する

ビッグツインロードスポーツという提案

国産の大排気量オンロードスポーツ車と言えば4気筒が相場で、2気筒ロードスポーツはヨーロッパのもの、というイメージも当時はあった。
今でこそ国産でもあらゆるメーカーがパラツインエンジンを作っているが、1995年にヤマハがTDM系のパラツインを積んだTRX850を出した時は歓迎する向きと、一部奇異の目もあったように思う。
カラーリングがイタリア車に見えたこともあり心無い反応もあったが、しかし確かに新たなスポーツバイクの提案だったのだ。

TRX850は今でこそ絶版車ステータスを得つつあるが、当時はあまり売れたモデルとは言えない。
しかし大排気量ツインのロードスポーツというカテゴリーも「アリだな」と他社には思わせたようで、1997年にはスズキのTL1000SとホンダのVTR1000Fファイヤーストームが相次ぎ投入された。
TLはその強烈なキャラクターや、良くも悪くも数々の神話的なものがついてきたこともあり若干ゲテモノ的な扱いになっていったが、ファイヤーストームはホンダらしい優等生モデルであり、充実の販売網にも助けられてか一定のセールスを記録した。

カワサキはこのカテゴリーに参入しなかったが、3機種が出そろうことでにわかにビッグツインロードスポーツがトレンド化した時期があり、結果としてカテゴリーとしてしっかり形成されたといえよう。
TLは1998年にレースを見据えたTL1000Rもラインナップに加え、VTRも2000年代に入ってからSP-1なるモデルを追加しレースの世界で大暴れすることになる。

今となっては国産のビッグツインロードモデルはなくなってしまったが、国内外で「国産もこのカテゴリーでちゃんと魅力的なモデルが作れるんだ」「国産もビッグツインでレースで勝てるんだ」と示してくれた、1990~2000年台の一つのムーブメントとして記憶しておきたい。

小排気量でテイスティさを楽しむ

独自路線を走る250ccクラス

ここまで大排気量の話ばかりになってしまったが、250ccクラスは前号のネイキッドの話で触れたように、大排気量クラスとはちょっと違ったアプローチをしていて興味深い。
ネイキッドでは400ccとそれ以上はダブルクレードルフレームと2本ショックというネイキッドのレシピに忠実だったのに対し、250ccクラスはバリオスやホーネットといった独自のモデルがヒットしていたのだ。

しかしそれはネイキッドクラスだけの話ではなく、テイスティ路線もまた、大排気量とは違った興味深い車種が出現していた。
ヤマハは1992年にビラーゴ系のVツインエンジンを搭載したロードスポーツSRVを投入し、SR400/500が再び(三度?)盛り上がりを見せていたのを250ccクラスにも呼び込もうとした。
ホンダは1980年代に登場していたGB250クラブマンをシングルキャブや1本出しマフラーにするなど熟成させていて、スズキからはメーカー希望小売価格が29万8000円と大変リーズナブルなボルティが1995年に投入された。カワサキがロングセラーになるエストレヤを投入したのも1992年のことだ。

アメリカン/クルーザーでも、長らく続いてきたビラーゴブランドに対抗するように1994年にホンダのVツインマグナが登場。
これも大変なヒットとなったモデルだ。ノーマルのカタチのままで大変にカッコ良く、また「マグナ」ブランドは750クラスの兄弟車がそうであったように、テイスティなアメリカンスタイルのバイクというだけでなく、しっかりとパフォーマンスも追及しているという生い立ちがあり、Vツインマグナは小気味よい走りで若者を楽しませてくれたのだ。

いずれもオシャレな若者層に支持され、カスタムを施されたりして楽しまれたこれらテイスティ250ccたち。
中には絶版車としてステータスを高めているものもあるが、まだギリギリ「中古車」というくくりで楽しめる価格帯のものも手に入ることだろう。
現在のラインナップ以上に様々なモデルがあり、選ぶのが楽しいカテゴリーだ。

400ccクラスにもテイスティさはあった

若者層からは車検があることもあってちょっとハードルが高まる400ccクラスだが、こちらもSRという不動の人気車に引っ張られるようにスティード系のエンジンを搭載したホンダのVRXロードスターや、バーチカルシングルのテンプター、セルモーターがついたSRX400など一定のテイスティモデルが存在した。

そして忘れてはならないのがアメリカンタイプ。
Vツインマグナはビッグヒットではあったものの、アメリカンとなると400ccという認識もあったようで、スティード、ビラーゴ、サベージ、イントルーダー、バルカンなど各社からラインナップされていた。

しかしそれらを一掃するような大ヒットモデルが1996年のドラッグスター400。
広めのVバンク角とロー&ロングの堂々としたスタイリング、鮮やかなオレンジのカラーやメンテフリーのシャフトドライブなど、本当に大ヒットとなったのだった。

オシャレで懐古趣味ながら実用性も高いこれらモデルと、前号で紹介したネイキッド群が同時に存在したわけだが、さらにその中間に位置するCB400フォアというモデルもあり、これも力が入っていてなかなか面白い。
CB400SFをベースとしながら、豪華な4本出しマフラーやCB750フォアテイストのルックスとするだけでなく、なんとフロントを18インチにして、ミッションもわざわざ5速に減らしているのだ。

当時はこれにショート菅をつけて走るのがカッコ良かったのだが、絶版になった頃に人気が高まり、むしろ純正の4本出しマフラーの価格が高騰したのは絶版車好きならばご存知だろう。4気筒でもテイストを求めた意欲作である。

本命はむしろ90年代ではないか

1990年代の様々な車種を取り上げてきて改めて感じるのは、やはり1990年代は大変に多様で、そして乱立したカテゴリーに各社がそれぞれ「ここから急成長するかもしれない」と力を入れたモデルを投入した時期だと再認識した。

1980年代のように技術の進歩という明確な目標がなく、むしろバイクという乗り物でどのようにライダー達を遊ばせてあげようかと、あの手この手で面白いモデルに着手していたわけだ。
1980年代の熱気はもう落ち着いていたかもしれないが、バイクの熟成度合いとあらゆるものが存在した混とんとしたラインナップは1990年代ならではの魅力に思う。

40代の筆者からすると1990年代はそんなに前のことだとは思っていなかったが、既に30年も前の話である。
1990年代の後半に生まれ、2000年代も生きながらえていたモデルならばまだまだ現役だろうが、1990年代も初頭に生まれたようなモデルだと絶版車としてしっかりと愛でてあげなければ、本来の性能で本来の魅力を発し続けるのは難しい年式になってきている。
1990年代車両は「今こそ」のタイミングなのだ。

ピックアップ試乗記

ハヤブサ

ハヤブサ

300km/hに届くのか!? という各社のチャレンジに終止符をうったハヤブサ。
今も現行型が売られていることもあり馴染みのあるブランドではあるが、初期型ともなるとかなり旧くなってきており、欠品部品も少なくないという。

しかし乗り味および速さは現行型にも負けないものをしっかりと持っている。
今乗っても初期型ハヤブサは非常に速く、常識的な走りの中で、何か他の車種にテールを拝ませられるということは考えにくい。
むしろ初期型の方がコンパクトで小回りがきく印象もあり、コーナーをクルリクルリと楽しんでいると、現行型よりも手の内感があるほどだ。

ただカウル類が多いこともあって、走っているとビビリ音のようなものが大きい個体も多いと感じる。
各部の立て付けやカウルのヒビやカケ、グロメット類の硬化や痩せが進んでいるのだろう。
エンジンや車体といったハードの部分は大変頑丈のため、そういった外装部分のリフレッシュができていれば当時の乗り味がよみがえってくることだろう。

幸い中古車価格としてはかなりリーズナブルとなっている初期型ハヤブサ。
納車整備にしっかりとお金をかけて、大切に乗っていくにはベストのタイミングではないだろうか。

ブラックバード

CBR1100XX Super Blackbird

ハヤブサ同様、現在は中古車価格が落ち着いていて買いやすいハイパフォーマンス車と言える。
最初のキャブモデルは逆輸入車しかなく、乗り味も後期型のインジェクション車両よりもワイルドな性格を持っている。
ただハヤブサ以上に旧く、乗り味にもいい意味で今のバイクとは違った、旧い感覚が確かにある。
パフォーマンスは折り紙付きだし、CBRシリーズ最大排気量の、しかも潤沢な開発資金を投入してホンダが作り上げた本気のモデルという確かな高品質が楽しめる。所有する意味のあるモデルだ。比較的リーズナブルに買えることもあって、筆者は費用対効果の高いバイクだと思う。

ZZR1100

ZZR1100 (画像はD型)

1990年に登場したのは「C型」というものでルックスも1980年代の雰囲気が残っている。
後に数々の記録を打ち立て、漫画などにも多く登場し、ロングセラーとなったのはラムエア吸入口が二つになった「D型」。
洗練されているという意味ではD型の方が上だが、C型の方がコンパクトでコーナリングも軽やかという乗り味の違いもある。
D型でも最初の方はモノによって2速が抜けてニュートラルに戻ってしまうという持病を持っているのがあったため、そこの対策がなされているかは確認したいが、それ以外では距離を走ってもトラブルらしいトラブルは耳にしない。
ながいこと一線で活躍してきたZZR1100。これも現在リーズナブルに求めることができるため、今のうちに乗っておきたい。
なおこんなに大柄に見えるが、あのスリムなGPZ900Rニンジャよりも軽量だ。

CBR900RR

CBR900RR

9新たなカテゴリーを創設したファイヤーブレードは、コンパクトな車体とフロント16インチのクリクリとした操作感が今でも魅力的。
当時はかなり速いモデルだったとはいえ、今の目で見れば124馬力は大きな数値ではなく、事実直感的に「速い」とおののくような場面は少ない。
むしろ細かい峠道などで積極的に振り回すような乗り方がとても合っていて、その時の意のままに操れる感覚は今でも900ccとは思えないような身軽さだ。
初期型は海外でも絶版車としてファンから引き合いがあり、絶対数の少なさゆえ価格も上昇傾向だが、写真のヘッドライトがタイガーアイとなった後の型ならば比較的入手しやすい。
タンデムシートが蝶番で開くようになっていて、小物入れとなっているのも今のバイクにはない便利な機能。
CBR900RRの1990年代はフロント16インチのまま進化を続けていったが、2000年にはフロント17インチ化、倒立フォーク化、インジェクション化など一気にモダナイズするCBR929RRへとバトンタッチする。

ZX-9R

ZX-9R(画像はC型)

CBRの対抗馬として登場したが、初期のB型は車重が重く、カワサキファンからするとちょっと残念さがあったか。
しかしB型も今乗れば十分に速く、公道を走っている分にはその重さがマイナスに感じることはあまりない。
特にエンジンはとてもパワフルで、どこまでもパワーが溢れ続ける感覚はZZRにも通じるものがある。
C型になるとエンジンのハイパフォーマンスっぷりに磨きがかかり、車体も軽くあらゆる場面で自由自在さが向上。
試乗の経験での印象では、ライバルとされたCBRよりも速く、自在に感じられたし、後に登場するR1にも引けを取らない性能を持っていると感じる。
Z1、GPZ900Rに続く3代目の「マジックナイン」である。
もっともっと注目されるべきモデルであり、筆者もいつかは手に入れなくては、と狙っている。

TRX850

TRX850

国産ビッグツインロードスポーツの幕開けを担ったTRX。
ライバルのVツインよりもコンパクトでありつつ、それでいて十分に速く、そしてスタイリッシュだ。
今では一般的になった270°クランクを採用しているため爆発フィーリングはVツインのそれであり、乗っている時はパラツインだとは感じない。
ただ4気筒に慣れている人からすると低回転域でのゴツゴツ感は慣れが必要だろう。
ドライブスプロケットを1丁小さくしローギアード化すると常用域での扱いやすさは向上する。
黒エンジンの前期型は距離が伸びるとバルブ周りが摩耗するという情報もあり。
今、敢えて絶版車として愛するのならば、後期型のシルバーエンジンのモデルを狙うのが粋だろう。

TL1000S

TL1000S

発表時のメディア向け試乗会時にトラブルが起き、ゆえにハンドリングの難が指摘され、後にステアリングダンパーがついた、というのは有名な話だが、実際にその場にいたジャーナリストによると「あれはタマタマで、TLには特に問題はなかったしステダンも必要ないんだよ」という意見もあった。
ステムが少し緩かったのか、もしくはタイヤの空気圧が適正ではなかったのか、はたまた路面が特殊だったのか……。
「TLはヤバい」という伝説にはいくらか尾ひれがついているように思う。実際試乗した経験からは、特別な「ヤバさ」は感じられない。
セミカムギアトレインのエンジンはとても元気だし緻密なメカニカルサウンドもいかにも高性能をアピールしてくる。
コーナリングは当初思うように曲げられないと感じたこともあったが、それはハンドリングやロータリーダンパー式のリアサスによるものというよりは、フロントに意識的に荷重を集めないと曲がり始めるきっかけをつかみにくい特性と、太いリアタイヤのタチが強いということによるものだと思う。
現代的なスポーツタイヤを履いて、積極的にフロントブレーキを握っていけば今でも楽しい乗り物だ。

Vツインマグナ

V-TWIN MAGNA

テイスティさをアピールできるならスピードは求めなくても良い、といった風潮だったアメリカンタイプのモデル達だったが、VツインマグナはスポーツモデルのVTエンジンを搭載していたこともあって「マグナ」ブランドに恥じない高性能車だった。
気持ちの良い加速も可能だったし、DOHCらしく高回転域も良く回って高速道路も苦にしなかった。
カスタムする向きも多かったが純正のままでもカッコイイというのもポイントだろう。
1990年代当時から2000年代にかけては、見かけない日はなかったほどのヒットモデルである。
Vツインマグナこそ、今お買い得な車種の筆頭かもしれないと筆者は思う。
乗ればとても高い充実感があるし、品質も高く所有欲が満たされ、性能的にも妥協がない。
後期型となるとよりクルーザー色が強まるが、初期型は意外とステップも手前にありコーナリングも得意なのだ。
流通台数が多いため経年劣化が激しい車両や前オーナーにより使い倒された個体も多いが、綺麗なノーマル車に出会えたならば是非とも確保しておきたい。

ドラッグスター

DragStar 400

400ccアメリカンは1980年代から続くスティードが依然強く、それにスズキやカワサキが違った提案をしてみていた、という構図だった。
そんな市場を一新してくれたのがドラッグスター。デザインやカラーリングなど、ビラーゴベースとは思えない目新しさを持っていて、そしてシートは低くハンドリングはナチュラルという、スティード以来のこのカテゴリーのリフレッシュだったのだ。
これも大変良く売れ、ディープフェンダーの「クラシック」や、250ccや大排気量へのバリエーション展開もしていった。
スペック的には特別なことはないのに、乗るとやたら良い、と、そういう意味でもアメリカンの王道を行っていたと言えるだろう。

筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最大手「ミスターバイクBG」編集部員を経た、フリーランスジャーナリスト。現在も日々絶版車に触れ、現代の目で旧車の魅力を発信する。
青春は90~00年代で、最近になってXJR400カスタムに取り組んだことも! 現在の愛車は油冷バンディット1200。