バイクライフエッセイ

風間晋之介のバイクライフエッセイ
『メキシコ バハ1000、モロッコ メルズーガラリー、そして、ダカールへ。』

2016.11.10

まず、僕がこうして「夢」にチャレンジ出来ることを、全てのサポートいただいているスポンサー、そして周りの人々へ感謝をいたします。

思えば僕がこの「夢」を抱いたのはまだまだハナタレのがきんちょだった頃。父は冒険家。そんな職業もまともに理解出来ていない様な小さな頃だった。北極へ旅立つ父、南極へ旅立つ父、様々な冒険に旅立つ姿を見て来た。幼少期の子供にとって父親、母親は少なからず彼、彼女等にとってはスーパーヒーローである。自分ではどうにも出来ない事もいとも簡単にこなして目の前で実現してくれるのだから。スーパーマン、はたまた魔法使いかもしれない。少なからず、一時は彼、彼女等にとってはスーパーヒーローである。

そんな僕のヒーローの活動はまた一段と「普通」ではなかったので、幼い僕でもその時々の事をよく覚えている。いつか自分も父の様に北極、南極、両極点や秘境の地に立ってみたいなどと想像したものだ。そんな想像のなかに、唯一、「父と共に成し遂げる」というものがあった。それが「ダカールラリー」通称「パリダカ」である。親子2人、2台のバイクでこの世界一過酷と言われるサバイバルレースに挑むという事だ。そんな幼い頃から父の背中を見て育った僕がバイクに乗り始める事はもの凄くナチュラルなことで、川の水が流れるのと同じぐらい自然なものだった。その後モトクロスレースに取り憑かれた僕は、モトクロスの世界で生きるという事で頭がいっぱいになった。毎日バイクに跨がりモトクロスコースを自由に駆け回る。これほどの幸せは他には無かった。長年バイクに跨がり続け、レースに没頭した僕は、度重なる怪我に悩まされるなどして、レースの世界から身を引いた。そして俳優という全く新たな人生を歩み出したのだが、自分が30歳という年齢を超した時にふと思い出した事があった。30歳、レーサーとして十分にバイクを操り、競技に集中出来る、所謂現役の限界の年齢が見えた時、父の年齢は60を越えていた。幼い頃に見た夢のひとつを叶えるには僕と父、二人にとってのタイムリミットが迫っているのを感じた。夢が夢のまま終わってしまうのか、はたまた現実のものにするのか、答えは簡単だった。「夢は叶える為に描くもの」きっとこうした思考は数々の夢や目標を現実のものにしてきた父親譲りだろう。こうして僕ら風間親子のダカールラリー挑戦の夢が動き出した。

1982年に父 深志は日本人として初めてダカールラリーへ挑戦し、見事完走、総合18位という記録を残している。そしてその22年後の2004年、二度目のダカールへ出場した際に大きな事故に巻き込まれ、左足に大きな障害が残る大けがを負った。バイクで生きて来た男から神様は、自由にバイクを操るという能力を一瞬にして奪い去っていった。親子2人、2台のバイクでという夢は実現出来なくなってしまったが、二人で挑み叶えるという事、そしてある種の雪辱戦を息子である僕がするという事は、何かこのレースに運命的なものを感じる。

「夢」を見ることすら難しくなった時代。そう言われる事も多々あり、確かにそうなっているかもしれないが、「バイク」という乗り物に夢が無いはずが無い。昨年のBAJA1000(メキシコで開催される北米最大のオフロードレース。2日間で約1600キロを走るサバイバルレース)を走った時に、今までのバイク人生を大きく変化させる出会いがあった。自分の足では到底到達出来ない様な場所、景色、文化、人々、そんなものたちにこのバイクという乗り物は出会わせてくれる。果てしない荒野の向こうに広がる大海原、高さ7〜8メートルはあろうサボテンの森、地平線の果てまで続く全開のダート。長い長いレースの中にはひとつとして同じ場所も同じ景色は無く、「未知」の連続だった。そんな「未知」続きのレースにすっかり僕は取り憑かれた。楽しくてしょうがなかった。全く飽きる事が無く、飽きる理由が見つからない。荒れた荒野を何百キロと走ってゆくと突然人がいる。遠くの岩場に座り込みレースを見ている人、真夜中のコースを走っていると焚き火を囲み、酒を飲み、歌を歌いながら行き交うライダー達に声援を送る。そんな風にみんながレースを楽しんでいるのだ。こんなにも、見た事も無い場所を走っているのにそこら中に共通の楽しみを持った仲間達がいる。そんなことがこのサバイバルレースの魅力のひとつであった。

モロッコのメルズーガラリーもしかり、このロングディスタンスレースは所謂「旅」そのものだ。毎日500キロ以上走るのだから当然かもしれないが、人生においてたった1人、1台のバイクで旅に出る事がいったい何度あるだろうか?このレースでは毎日旅に出る事になる。順位を競うレースというものの、順位以上の魅力がたくさん備わっているのが、このラリーという「旅」レースの魅力だろう。

アフリカ大陸の北西に位置するモロッコ。そのモロッコの東の最果てに世界最大の砂漠「サハラ砂漠」の砂丘群がある。このメルズーガラリーというのは、ダカールラリーでも避けて通られる程の激しい起伏の砂丘が続き、そのもっとも過酷なサハラ砂漠の中でおこなわれるバイクオンリーのラリーレイドである。もちろん砂漠の砂の中だけではなく、固いハードな路面もあれば岩場もあり、山もある。大地からせり出した何千年、何万年前の地層が印象的だった。突然地面が傾いた様に斜めに空を目指し地層の線が伸びている。そんな地形の為か、化石が採れる事でも有名らしく、あちこちに化石の土産物屋や、博物館のような施設があった。照りつける灼熱の太陽にさらされ砂漠の砂はやけどする程あつく、ひとたび砂漠に入れば50度以上の気温になる。ほかの場所でも気温は常に40度を越え、熱風が吹き抜ける。3日目のマラソンステージと呼ばれる一番長い日は砂嵐の為途中で中止になった事もあった。そういった過酷なレースの中では十分な水分補給やエネルギーチャージ、そして無駄な体力を使わないようにミスをしない事が重要になってくる。この長いスパンでレースを組み立てる総合判断が非常に重要なキーになる。日々の体調管理も最重要課題のひとつで、食事、睡眠、休息をしっかりとる事が長いレースを生き残る為に必要な大事な要因になるため、全ての総合力、生きる為の能力を総動員して日々集中していなければならない。

毎日勝負をしながらする旅。毎日生き残りをかけた旅。こんなに過酷で楽しいレースは他には無いだろう。この地球上でこんなにも自然を肌で感じ、長距離を移動出来る乗り物は他には無いだろう。時に転倒して砂を噛み、川を見つければ乾きを癒し、熱波も寒波も肌で感じ、手の届く距離で人々と出会いながら、自然と文化と自分と向き合える乗り物。感じる事は人それぞれ千差万別、きっとバイク乗りにはそれぞれの、無限の楽しみが広がっているんだろう。さて、ダカールラリーという遥かに長く、タフなレースでは何が見えるだろう。僕はこの景色をバイク王というカンパニーのスタッフそしてユーザーとまた共有して更なるバイクの魅力を発見したいと思う。

風間晋之介

バイクライフエッセイ一覧へ